1. はじめに
1989年、米ソ冷戦終結し、1991年、ソ連が崩壊した。
1993年、国連は人権の普遍性を確認した。1995年、国連は「人権教育のための国連の10年」をスタートした。同終了後の2005年、国連は「人権教育のための世界計画」をスタートした。
日本政府も応答して1995年、閣議決定により内閣総理大臣を本部長とする「人権教育のための国連10年推進本部」を設置した。1996年、「人権擁護施策推進法」を制定し、1997年7月4日、「「人権教育のための国連10年」に関する国内行動計画」を策定・公表した。
同年、「人権擁護推進審議会」を設置し、1999年、「人権擁護推進審議会答申」が出された。
同答申を、「教育の中立性」を中心に以下の三点紹介する。
2. 人権擁護推進審議会答申とは?
(1)教育の中立性の確保
人権教育については,日本国憲法及び教育基本法の精神にのっとり,基本的人権の尊重の精神が正しく身に付くよう,地域の実情にも留意しながら,学校教育及び社会教育を通じ様々な取組が行われている。
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/jinken/06082102/016/008.htm
しかしながら,ともすると知識を一方的に教えるにとどまっている,人権尊重の理念について必ずしも十分認識していない指導者が見られる,などの問題が指摘されている。また,人権教育を実施するに当たっては,外部の不当な介入を受けることなく,教育の中立性を確保することが引き続き重要な課題となっている。
(2)人権尊重の理念の十分な認識がない教員の存在
大学等における人権教育については,例えば,法学一般,憲法などの法学の授業に関連して実施されている。また,教養教育に関する科目等として,人権教育に関する科目が開設されている大学もある。
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/jinken/06082102/016/008.htm
このように学校教育において人権教育が推進されているが,児童生徒の実態からすると,知的理解にとどまり,人権感覚が十分身に付いていないなど指導方法の問題,教員に人権尊重の理念について十分な認識が必ずしもいきわたっていないなどの問題等が指摘されている。
(3)人権教育と政治社会運動の明確な区別
人権教育を進めるに当たっては,政治運動や社会運動との関係を明確に区別し,それらの運動そのものも教育であるといったようなことがないよう,教育の中立性が守られるように留意しなければならない。
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/jinken/06082102/016/008.htm
3. おわりに
同答申を「教育の中立性」を中心に以下の三点紹介した。
①教育の中立性の確保。
②人権尊重の理念の十分な認識がない教員の存在。
③人権教育と政治社会運動の明確な区別。
その後、日本政府も「教育の中立性」を重視した人権教育政策を展開した。