1. はじめに
アメリカの政治哲学者マイケル・サンデルの「メリトクラシー」批判は、日本にも影響を与えている。
1960年代以降の日本の「能力主義」批判には、「人間」「教育」破壊効果論があった。しかし、現在の日本の「メリトクラシー」批判は、「不平等」再生産に集中している。現在の日本の「メリトクラシー」論には、「人間」「教育」破壊効果論が欠落している。
2. 「能力主義」とは?
(1)「公正」の一つ。
(2)日本国憲法第26条や新教育基本法第4条等で法規範化されいる。
(3)特徴・・・①正面から批判し難い、②「血統」や「縁故」等より多くの国民が支持している規範の一つ。
3. 「メリトクラシー」批判とは?
(1)「メリトクラシー」批判のスタート・・・イギリスの社会学者マイケル・ヤングのSF『メリトクラシーの興隆』(1958年)。「メリトクラシー」というタームは、ヤングの造語とされている。
(2)「メリトクラシー」批判の現在・・・アメリカの政治哲学者のマイケル・ヤングのThe Tyranny of Merit:What’s Become of the Common Good?(Allen Lane,2020)(邦題=同[鬼澤忍]『実力も運のうちー能力主義は正義か?ー』早川書房、2021年)。
(3)「メリトクラシー」批判の共通点・・・「不平等」再生産。
4. 「メリトクラシー」と日本の「能力主義」の差異とは?
「メリトクラシー」は日本では「能力主義」と訳される。しかし、「メリトクラシー」と「能力主義」には差異がある。ヤングは「メリトクラシー」を「IQ+努力」と定式化した。
しかし、日本の「能力主義」の「能力」は「IQ+努力」だけでは説明出来ない。例えば、日本の「学校」のテストや受験は、IQテストでは必ずしもない。現在の受験でも、IQテストではない「総合型選抜」が増加している。
従って「メリトクラシー」と「能力主義」を区別する必要がある。
5. 「戦後教育学のリーダー」堀尾輝久の「能力主義」批判とは?
(1)「能力主義」批判のポイント
①「能力主義」による「公正」の名の下で「不平等」を再生産する構造。
②「能力主義」が「人間」の「発達」や「教育」を歪める構造。
③その構造を乗り越えるための「平等」概念の再定義と再定位。
(2)「能力主義」批判の主な業績
1962年、博士号(東京大学)取得。
1971年、『現代教育の思想と構造ー国民の教育権と教育の自由の確立のためにー』(岩波書店)。
1978年、「教育における平等と個性化」、『教育』第365号、国土社、1978年11月。
1979年、『現代日本の教育思想ー学習権の思想と「能力主義」批判の視座ー』(青木書店)。
1989年、『教育入門』(岩波新書)。
1997年、『現代社会と教育』(岩波新書)、特に第2章「現代社会と教育ー「能力主義」の問題性ー」(初出=『岩波講座 転換期における人間』別巻Ⅰ(岩波書店、1990年))。
(3)1990年代の「能力主義」批判ー「新しい差別原理」への転成ー
十九世紀末以降現実の人間評価と社会的価値配分の原理として機能しはじめることによって、新しい差別原理へと転成し、二十世紀の今日において、それはグロテスクなまでに肥大しているのである。
堀尾輝久『現代社会と教育』岩波新書、1997年、p.81。
(4)「能力主義」批判の現在ー堀尾輝久が会長を務めるNGOの認識ー
第3回政府報告審査(2008年)からの10年間、公教育の競争主義的性格は改善されるどころかより厳しいものとなった。
子どもの権利条約市民・NGOの会編『国連子どもの権利条約と日本の子ども期ー第4・5回最終初見を読み解くー』本の泉社、2020年、p.42。
7. 「能力主義」による「人間」「教育」破壊効果論ー『日教組教育制度検討委員会報告書』(1974年)の場合ー
後期中等教育(高校)が普遍化した1970年代、教育現場の荒廃と受験競争の激化を背景に、「能力主義」の「人間」「教育」破壊効果を正面から指摘する報告書も現れた。
能力主義こそは、今日の教育荒廃の元凶、教育諸悪の根源というべきである。一方で、この体制のもとでは、いわゆるハイ・タレントの「すぐれた能力」そのものをも、いびつなものに転化し、知的エリートの人間性破壊が同時に進行していることが指摘されなければならない。あまたの友人をおしのけて、登竜門を通過することに成功したエリートたちが、いかにゆたかな感情を欠き、官僚的で偏狭で非合理な冷たさを露呈するのかは、その実例に乏しくない。
日教組教育制度検討委員会+梅根悟編『日本の教育改革を求めて』勁草書房、1974年、pp.82~83。
①同委員会には堀尾も参加した。
②限界・・・(a)「人間」と「教育」を定義していない、(b)「実例」を証明していない。
8. 「能力主義」が「人間」や「教育」に与える影響ー幾つかのサンプルの紹介ー
「能力主義」は、「学校」を通した社会的移動を拡大する場合もある。しかし、それが「人間」「教育」破壊効果を持つ側面もある。破壊効果は、①長期間の在学期間(高学歴化)、②社会空間上の移動の大きさとも関係する。
該当者のライフコースやライフヒストリーの幾つかのサンプルを紹介する。
(1)評論家の西部邁の場合
一九三九(昭和十四)年三月、北海道山越郡の漁村町・長万部町に生まれる。父は浄土真宗派の末寺の末男、母は農家の末女。兄と妹四人の六人きょうだい。札幌郡厚別の信濃小学校、札幌の柏中学校、南高校に進学。(中略)高校卒業までは、マルクスもレーニンもスターリンも毛沢東も知らぬノンポリの重症の吃音少年であった。五七(昭和三十二)年、東京大学の受験に落ち、翌年四月、東大教養学部(駒場)に入学、三鷹寮に入る。同年十二月に結成されたブント(共産主義者同盟)に加盟する。在学中は東大自治会委員長、全学連の中央執行委員として「六十年安保闘争」で指導的役割を果たすが、羽田事件(六十年一月十六日)で逮捕・起訴され二月末に保釈。新安保条約が自然成立した(六月十九日)のちの七月初め、全学連大会の途中で逮捕、未決拘留で投稿拘置所に収監されるが、十一月末に保釈で出所。そのときすでにブントは解体しており、翌六一(昭和)年三月、左翼過激派と訣別する。それから七年、三つの裁判所を通い、その間、六四(昭和三十九)年三月、東大経済学部を卒業。
「著者略歴」、西部邁『僕と妻—寓話と化す我らの死―』飛鳥新社、2008年、p244。
(2)公共哲学者の山脇直司の場合
私が育った青森県の八戸市には、当時、出稼ぎに出なければならない中学生が沢山いました。また、りんごを売る時期になると、行商人がやってきて、安いりんごを買っていく様子も見かけました。私は、そのような人々が暮らす片田舎の東北とエリートが暮らす都会との間に、周縁と中央という不平等な構造があることを知り、中央から周縁に向けられた偏見も絶えず気になりながら育ちました。
山脇直司+桐ケ谷章+石神豊「人権・公共哲学・宗教を語る」、『東洋学術研究』第57巻第2号、東洋哲学研究所、2018年、p.10。
(3)政治学者の岡野八代の場合
わたしは、三重県の松阪市で生まれ育ちました。松阪牛で有名なわたしの故郷は、大学進学を機に離れてみてようやく、歴史的に作られた複雑な差別構造をもった市なのだと気づきました。それ以来、差別やアイデンティティの問題に関心をもち、歴史的・理論的にこれらの問題を考えるために、哲学ではなく、政治思想を専門に選びました。内向的な思索ではなく、世界とのかかわりの中で、差別やアイデンティティの問題を考えたかったからです。
https://global-studies.doshisha.ac.jp/gs/faculty_members/list/okano/index.html
9. おわりに
現在の「メリトクラシー」批判の「盲点」とは? 日本の教育(学)界の「能力主義」の批判軸としての「人間」「教育」破壊効果である。
現在ではこの批判軸は忘却されている可能性がある。原因は文脈の差異にある。「人間」「教育」破壊効果は、「能力主義」教育による社会移動の拡大の副作用でもある。現在は「能力主義」教育による社会移動は縮小しているので、副作用は可視化し難い可能性もある。
しかし、その副作用は、「能力主義」、特にその「教育」への適用が持つ構造的問題であり得る。その場合、副作用を考慮して「能力主義」を再定位する必要がある。
その一つの可能性は、国際人権の「教育への権利」の保障による「能力」と「発達」の二項対立の止揚であるが、その検討は今後の課題とする。