1. はじめに
国際連盟規約には人権条項は存在しなかった。
1945年6月5日に署名された国連憲章では、基本的人権が重視された。1948年、国連は国連憲章の基本的人権規定を具体化させるために、世界人権宣言を採択した。それは「宣言」だったが、1966年、法的拘束力がある国連人権規約が採択された。世界人権宣言は、国際人権のデフォルトと評価出来る。
同宣言の「人間」、「教育」、「公共性」の概念を明らかにした上で、その現代的示唆を指摘する。
2. 第1条ー「人間」ー
すべての人間(All human beings)は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とにおいて平等である。人間は理性(reason)と良心(conscience)とを授けられており、互いに友愛の精神(a spirit of brotherhood)をもって行動しなければならない
https://www.mofa.go.jp/policy/human/univers_dec.html
3. 第26条ー「教育」ー
教育(Education)とは、人間的パーソナリティ(human personality)の十全な発達(full development)並びに、人権及び基本的自由のリスペクトの強化を指向するものとする。教育は、すべての国民の間及び人種的又は宗教的集団の間の理解、寛容及び友好(friendship)を促進し、並びに、平和の維持のための国際連合の活動を推進するものとする
https://www.mofa.go.jp/policy/human/univers_dec.html
4. 第29条ー「公共性」ー
全ての者は、自己の権利及びフリーダムズの行使に当たって、他の者の権利及び自由の正当な承認(recognition)及びリスペクトを確保すること並びに、民主社会の道徳(morality)、公共的秩序(public order)及び一般的福祉(general welfare)の正当な要求を満たすことを専ら目的として法により定められた制限にのみ服する
https://www.mofa.go.jp/policy/human/univers_dec.html
5. おわりに
日本国憲法では、「人間」、「教育」、「公共性(公共の福祉)」の概念は、抽象的で定義されていない。
世界人権宣言を日本国憲法と比較すると、「人間」、「教育」、「公共性」の概念はより明確である。国際法は日本の法律よりも上位法だと評価出来る。
同宣言は法的拘束力がない「宣言」だが、その後の法的拘束力を持つ国際人権法のデフォルトとして評価出来る。そうすると「人間」、「教育」、「公共性」の概念が抽象的な憲法を国際人権法で受容、展開して、国内法として具体化する可能性もある。
しかし、現在の世界では、人権は後退している。国連改革も進行中である。日本でも「人権」観が必ずしも明確でなく、現在でも合意形成が難しい可能性もある。
その場合、国際人権法のデフォルトとしての同宣言に、一度立ち戻る必要があるかも知れない。