「能力主義(公正)」による社会空間上の人間の移動ー地方出身者の諸相を中心にー

1. はじめに

 「能力主義(公正)」は社会空間上の人間の移動、所謂「社会的流動性」を拡大させたり、縮小させたりする効果がある。文脈差や個人差等の差異もある。

 人権の行使による社会空間上の人間の移動、特に複数の意味での大きな移動は、人間にどのような影響を与えるのか。

 「能力主義」による大きな社会空間上の移動を経験した地方出身者の諸相を確認する。その際、発達心理学者のエリック・エリクソンの「アイデンティティ」説を補助線とする。

2. 「人間」と「教育」とは?ー国際人権基準の場合ー

(1)世界人権宣言第1条

 すべての人間(All human beings)は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とにおいて平等である。人間は理性(reason)と良心(conscience)とを授けられており、互いに友愛の精神(a spirit of brotherhood)をもって行動しなければならない。

https://www.mofa.go.jp/policy/human/univers_dec.html

(2)世界人権宣言第26条

 教育(Education)とは、人間的パーソナリティ(human personality)の十全な発達(full development)並びに、人権及び基本的自由のリスペクトの強化を指向するものとする。教育は、すべての国民の間及び人種的又は宗教的集団の間の理解、寛容及び友好(friendship)を促進し、並びに、平和の維持のための国際連合の活動を推進するものとする。

https://www.mofa.go.jp/policy/human/univers_dec.html

3. 「能力主義」とは?

(1)日本国憲法第二十六条

 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/dl-constitution.htm#3sho

(2)改正教育基本法第四条

 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。

https://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/mext_00003.html

3. 社会移動の自由とは?

日本国憲法第二十二条

 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/dl-constitution.htm

4. 発達心理学者のエリック・エリクソン「アイデンティティ」説ー一つの補助線としてー

(1)「アイデンティティ identity」

  ‘エリクソン’(Erikson,E,H.1959)の心理社会的発達理論の用語で、正確にはエゴアイデンティティ(ego identity)である。自我同一性、同一性と訳されるが、単にアイデンティティなどともよばれる。エリクソンによれば、アイデンティティの間隔とは、内的な不変性と連続性を維持する各個人の能力(心理学的意味での個人の‘自我’)が、他者に対する‘自己’の意味の不変性と連続性とに合致する経験から生まれた自信であり、「自分は自分でありほかの誰でもない」という感覚と、「過去も今日も未来もずっと自分であり続ける自分」についての意識が、他者からも同じように認識されているという感覚をさす。つまり、アイデンティティとは、内省により自覚される‘自己意識’であり、他者との相互作用により自覚され、評価される社会的な自己をさす。

「アイデンティティ identity」、『有斐閣 現代心理学辞典』有斐閣、2021年。

(2)「アイデンティティ拡散 identity diffusion」

 ‘アイデンティティ’確立と対をなす概念。‘エリクソン’(Erikson,E,H.1959)によると、‘青年期’は、急激な身体的成長と生殖器の成熟に伴い、それ以前の‘発達段階’ですでに理想人物に同一かさせていた自己像を見直す必要に迫られるとされる。この時期に、「自分とは何か」について模索して試行錯誤するなかで、自分が何をしたいかを見失い(自己選択の回避、‘理想自己’)、だめな役割に同一化したり(否定的アイデンティティの選択)、希望をもてなくなって(‘時間的展望’の拡散)、行動や努力ができなくなっている状態を、アイデンティティ拡散とよんだ。

「アイデンティティ拡散 identity diffusion」、『有斐閣 現代心理学辞典』有斐閣、2021年。

5. 社会空間上を移動した地方出身者の諸相

(1)教育社会学者の清水義弘の場合

(a)経歴

1917年、佐賀県三養基郡鳥栖町大字鳥栖782-1出身。

清水義弘『われはしつつか。なにわざを。―教育社会学と私―』東信堂、1987年。

(b)東大教育学部時代

 最もシリアスな問題は、卒業論文と修士論文の審査の際、評定をめぐって学科内で毎年対立したことである。海後教授はもちろん中立的だったが、勝田教授、特にある助教授にいたってはそうではなかった。彼は、「進歩的」で「民主的」で「観念的」な論文が好きなようで、「人間を尊重する教育」といった題目には目が無かった。読んでみると、その論文は大抵の場合傾向的な新聞や雑誌からの引用だった。彼はこれを「問題意識が鋭い」と言って、いつも高得点を出した。

清水義弘『われはしつつか。なにわざを。―教育社会学と私―』東信堂、1987年、p.69。

(2)英語学者の渡部昇一の場合

(a)経歴

1930年、山形県鶴岡市出身。英語学者、上智大学名誉教授。上智大学文学部英文学科卒業、上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了、Universitat zu MunsterからDr.phil.magna cum laudを授与。カトリック信徒。臨時教育審議会の専門委員等歴任。

「略歴・主要業績」、『英文学と英語学』第37巻、上智大学英文学科、2000年等。

(b)「不平等主義」(2001年)

 たとえば藤原紀香や松嶋奈々子は、「美しい」という理由によって何億円もの収入を稼いでいる。普通の女性、あるいは美しくない女性が、「こんな不平等なことがあっていいのか」と抗議したところで、これは仕方がない。もし「日本の女性をみんな平等にせよ」と唱えたとしても、日本の女性をすべて美女にすることは不可能である。しかし、日本の女性をすべて不美人にすることは、じつは簡単である。「女の子が生まれたら、三日以内に鼻に焼きゴテを当てるべし」という法律をつくればよいのである。これで日本中の女性はみんな平等に不美人になる。みんな美人にはできないが、みんな不美人にすることはできる。極端な例ではあるが、平等主義とはこういうものである。(中略)「平等」とは「一番悪いほうに合わせる」以外には実現し得ない。そのことを日本人ははっきりと認識すべきである。ほんとうに貧しい人に対しては当然、社会政策として最低限の救いがあってよい。ただし、その最低限は「飢えず、凍えず、雨露に当たらず、痛みをなくする程度の医療」であって、それ以上の面倒を国家が見る必要はない。「そこで諦める人はそのまま人生を送って下さい。しばらく羽を休めてから立ち上がって仕事に入る人はそれもよろしい」とするのが望ましい姿であろう。それ以上を与えれば、与えられた人間は必ず堕落する。本来平等ではあり得ないものを平等にしようというのは土台無茶な話なのである。

渡部昇一『不平等主義のすすめ―二十世紀の呪縛を超えて―』PHP研究所、2001年pp.45~47。

(3)評論家の西部邁の場合

 一九三九(昭和十四)年三月、北海道山越郡の漁村町・長万部町に生まれる。父は浄土真宗派の末寺の末男、母は農家の末女。兄と妹四人の六人きょうだい。札幌郡厚別の信濃小学校、札幌の柏中学校、南高校に進学。(中略)高校卒業までは、マルクスもレーニンもスターリンも毛沢東も知らぬノンポリの重症の吃音少年であった。五七(昭和三十二)年、東京大学の受験に落ち、翌年四月、東大教養学部(駒場)に入学、三鷹寮に入る。同年十二月に結成されたブント(共産主義者同盟)に加盟する。在学中は東大自治会委員長、全学連の中央執行委員として「六十年安保闘争」で指導的役割を果たすが、羽田事件(六十年一月十六日)で逮捕・起訴され二月末に保釈。新安保条約が自然成立した(六月十九日)のちの七月初め、全学連大会の途中で逮捕、未決拘留で投稿拘置所に収監されるが、十一月末に保釈で出所。そのときすでにブントは解体しており、翌六一(昭和)年三月、左翼過激派と訣別する。それから七年、三つの裁判所を通い、その間、六四(昭和三十九)年三月、東大経済学部を卒業。

「著者略歴」、西部邁『僕と妻—寓話と化す我らの死―』飛鳥新社、2008年、p244。

(4)イエズス会士の高祖敏明の場合

(a)経歴

 広島県出身で家族は浄土真宗の安芸門徒。イエズス会設立の広島学院に進学し(中略)洗礼を受けた。聖職に生きると決めたのは20歳の時。(後略)

「(ひと)高祖敏明さん 「潜伏キリシタン図譜」を完成させた聖心女子大学長」、『朝日新聞』のネットの有料記事、2022年3月22日。

(b)皇室/皇太子妃観

 皇太子妃が2代続けて、カトリック学校に学んだ女性から選ばれた。マスコミ報道によれば、そのためカトリック教育に世間が改めて注目しているという。母校に連なる直接の関係者でなくても、カトリック学校にゆかりのある人の中には、まるで自分のことのように誇りに思い、喜びを感じている人も少なくないであろう。

高祖敏明「カトリック女子教育のアイデンティティー―二重の混乱と最近の再構築の試みを中心に―」、『カトリック女子教育研究』第2号、カトリック女子教育研究所、1993年、p.1。

(c)二重の「アイデンティティ」の危機説ー1970年代後半~1980年代後半ー

 1960年代、教皇ヨハネ23世は第二バチカン公会議を開催し、教会の「現代化」を目指して、「貧しい人々を優先する選択」を採択した。

 (日本のカトリック系学校が――引用者による注)実際に「富める者のための学校」となっている以上、第2ヴァティカン公会議をとおして基本姿勢の転換を図った現代の教会の方針にそぐわない。なぜなら、この姿勢転換とは、福音を「時のしるし」のもとに読み直して、「貧しい人を優先させる」という方針に切り替えたものだから、と攻めたてられる。こうして、福音にもとづいて始められたはずの教育使徒職が福音の名において批判され非難されるという、悲しくゆゆしい事態に陥った。

高祖敏明「カトリック学校の役割の再発見―二一世紀に向けての魅力ある学校づくり―」、『カトリック教育研究』第12号、1995年、p.6。

 以上から10年~20年間のタイムラグが確認出来る。

(5)公共哲学者の山脇直司

 私にとって人権は、学問を横断するというよりも、むしろ学問以前のいわば社会生活の基盤です。第一に、幼い頃に目撃した不平等な社会環境です。(中略)私にとって人権は、このような格差や不平等の問題を正す社会権と結びつき、それが人権思想を考える原点になっています。(中略)第二に学生時代に吸収した神学、哲学によるものです。(中略)学生運動にもかかわっていました。ですから思想的には、マルクス主義的なものではなく、むしろ実存主義やカトリック左派の考えの影響を受けていました。

山脇直司+桐ケ谷章+石神豊「人権・公共哲学・宗教を語る」、『東洋学術研究』第57巻第2号、東洋哲学研究所、2018年、pp.10~11。

 私が育った青森県の八戸市には、当時、出稼ぎに出なければならない中学生が沢山いました。また、りんごを売る時期になると、行商人がやってきて、安いりんごを買っていく様子も見かけました。私は、そのような人々が暮らす片田舎の東北とエリートが暮らす都会との間に、周縁と中央という不平等な構造があることを知り、中央から周縁に向けられた偏見も絶えず気になりながら育ちました。

同上書、p.10。

(6)政治学者の岡野八代の場合

 わたしは、三重県の松阪市で生まれ育ちました。松阪牛で有名なわたしの故郷は、大学進学を機に離れてみてようやく、歴史的に作られた複雑な差別構造をもった市なのだと気づきました。それ以来、差別やアイデンティティの問題に関心をもち、歴史的・理論的にこれらの問題を考えるために、哲学ではなく、政治思想を専門に選びました。内向的な思索ではなく、世界とのかかわりの中で、差別やアイデンティティの問題を考えたかったからです。

https://global-studies.doshisha.ac.jp/gs/faculty_members/list/okano/index.html

3. おわりに

 「能力主義(公正)」による大きな社会空間上の移動が人間に与える影響を、複数の地方出身者の諸相を中心に、「アイデンティティ」説を補助線として確認した。

 エリクソンの同説は「ライフサイクル」説でもある。エリクソンは「アイデンティティ」の確立を「青年期」の「発達課題」として考えた。しかし、複数の地方出身者の諸相は、「ライフサイクル」説の「反証」であるとも評価出来る。

 それを基礎にすれば、新説として「社会空間上の移動=アイデンティティ危機」説を提示することも出来る。しかし、類似した先行研究の検討は、今後の課題とする。

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