現代日本における科学の二重の危機ー「全体知」の不在と個別科学の成立困難性ー

1. はじめに

 現代日本の科学では、二重の危機に陥っている。

 現在の日本の科学界では、専門とする個別科学が異なると対話も困難/不可能である。その原因の一つは、各個別科学を基礎付ける「全体知」の不在にある。この点は、遅くとも1960年代以降指摘され続けている。

 しかも、現在の日本の科学界は、新しい局面を迎えている。依然、日本の科学界はノーベル賞受賞者も輩出している。しかし他方、個別科学の成立の困難化に直面している。それは「全体知」の再生以前の問題状況の段階でもある。

 「全体知」の必要と個別科学の成立困難化を説明する。

2. ヨーロッパ

(1)古代ギリシャ

 ①ソクラテス・・・様々な人々との対話を通した真理の探究。

 ②プラトン・・・「Ἀκαδήμεια(アカデーメイア)」(コミュニティ)の創設によるソクラテスの対話的な真理の探究の組織化。しかし、現在の「大学」とは異なる。

(2)中世

 12~13世紀、パリ大学やボローニャ大学によって学問が制度化され、法学、医学、神学、哲学(自由七科)へ専門分化した。しかし、基礎学問として哲学があり学問の全体性を維持しようとした。

(3)近代

 17世紀、イギリスやフランスでの「科学革命」によって「自然哲学」の「自然科学」へ展開した。

 1810年、ドイツのベルリン大学の創設によって科学は、自然科学、社会科学、人文科学へ分化された。

 1923年、ドイツで哲学者のマルティン・ブーバーは『我と汝』を発表した。これは理性の高度な分化による人間の全人格性の解体への警鐘とも評価出来る。

 1930年、スペイン人の文明論批評家であるオルテガ・イ・ガセットは、中世ヨーロッパの大学をモデルにしながら、『大学の使命』で「博識だが無教養な専門家」を「新しい野蛮人」として批判した。

 現代ヨーロッパの破局的兆候は、平均的イギリス人、平均的フランス人、平均的ドイツ人が、無教養であるという事態、つまり、世界と人間に関し、われわれの時代に応じた諸理念の生きた体系を所有していないという事態に起因している。かかる平均人は、彼らの諸問題の厳しい現実に対比すれば、その時代から遅滞して、古風であり、未開である新しい野蛮人であるといわなければならない。この新しい野蛮人は、とりわけ専門家である。以前よりもいっそう博識であるが、同時にいっそう無教養な技師、医師、弁護士、科学者等の専門家である。

オルテガ・イ・ガセット[井上正訳]『大学の使命』玉川大学出版部、1996年、p.24。

2. 日本

 ヨーロッパの場合、古代ギリシャや中世ヨーロッパ、ルネサンス等の科学の基礎になる文化の共通基盤がある。しかし、日本にはそうした文化の共通基盤もなく、急速に専門分化して19世紀の西洋の科学を受容、展開した。現在の日本における科学の危機は、こうした科学受容の日本の文脈にも規定されている。

(1)日本

 19世紀後半、科学の専門分化が急速に展開した時期の西洋の科学を受容、展開した。その結果、日本の科学は、当時の西洋の科学の状況によって大きく規定された。

 1886年、「帝国大学令」が制定された。

 第一条

 帝国大学ハ国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授シ及其蘊奥ヲ攷究スルヲ以テ目的トス

https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1318050.htm

 帝国大学の目的・・・

 ① 「国家ノ須要ニ応スル学術技芸」の「教授」。

 ②「其蘊奥ヲ攷究スル」。

 日本では帝国大学の創設によって制度化された「学術」は、次の二点の特徴があった。

 ①「学術」は真理のためではなく国家のためであったこと。

 ②当初から真理の「全体知」がなく、専門化、個別化されたこと。

 恐らく中世ヨーロッパの大学のように個別科学の全体性を基礎付ける基礎学問は存在せず、「哲学」も当初から個別科学として制度化された。そうすると日本では大学は、創設当初から「全体知」を司る「ユニバーシティ」ではなく「個別科学の組織的集合体」としてスタートした。

(2)現代

(A)「基本的人権」の一つとしての「学問」の民主化

 1946年、日本国憲法が公布され、第23条で「基本的人権」の一つとして「科学の自由」ではなく「学問の自由」が保障された。この点に近代日本と現代日本の「学問」の最大の相違点もある。

 科学と学問の関係は、「科学<学問」である。その理由の一つは、「科学」に回収されない日本の伝統的「学問」観にある。

(B)1960年代以降の大学の量的大衆化ー学問のレベルダウンの加速ー

 1961年、「戦後民主主義のリーダー」とされる政治学者の丸山眞男は、『日本の思想』(岩波新書)で次の四点を指摘した。

 ①近代日本の学問と文化・・・「ササラ型」<「タコツボ型」。

 ②近代日本の「学者」・・・全体知を扱う学者<「専門家」や「個別化された学問の研究者」。

 ③対話や論争を可能にする「共通の基盤」の欠如。

 ④「民間の自主的なコミュニケーションのルート」の欠如。

 1960年代、第一次ベビーブーマーの大学進学によって大学は急速に大衆化した。当時、「人間」疎外も「問題」視された。

 1967年/1971年、丸山の弟子で「戦後教育学のリーダー」ともされる堀尾輝久は、丸山と同様な指摘をした。

 科学技術の進歩と分業の高度化は、同時に人間を専門閉塞においやり、その部分人化と対話の不能を拡大するが、このような情況が、「人間の危機」として問題にされ、その解決の一つの道として、一般教養に期待がかけられ、それを通して、人間の全体性と相互のコミュニケイションの回復が意図された。

堀尾輝久『現代教育の思想と構造―国民の教育権と教育の自由の確立のために―』岩波書店、1971年、p.345。

 第一次ベビーブーマーが大学に大学教員として採用され始めると、学問水準のレベルダウンは加速化された可能性もある。

 米ソ冷戦後の1990年代の大学の科学・・・

 ①冷戦期の左右のイデオロギー闘争の影響。

 ②個別科学の成立の困難化/不可能性。

 ③オルテガが「新しい野蛮人」と称した「博識だが無教養な専門家」の「無教養な博識なき専門家」化の顕著化と顕在化の可能性。

 2020年代に入ると個別科学としては成立していた個別科学も、個別科学としての成立が困難化し始めた。例)政治思想学会。

 投稿論文ならびに査読コメントを網羅的に見る中で、必ずしも論文の「型」に関する考え方が共有されていないのではないかと感じられることがあり、それが掲載可否の判断に影響を与えている面があることに少なからぬ懸念を抱いております。例えば、「先行研究との相違を明示するように」といった類の初歩的な査読コメントが付く場合も少なくありません。 

 『政治思想研究』編集委員会「政治思想研究論文の「型」について」、『政治思想学会会報』第60号、2025年7月、p.1。

3. 「全体知」の再生の試み

 現在の「全体知」の再生の試みには、三つのタイプがある。

(1)古代ギリシャ回帰型

 このタイプは、ソクラテスやプラトン等のような制度化される大学以前の個人やコミュニティへ回帰を目指す。

 比較文明学者の服部英二の「地球倫理」論は、この立場の一つである。

 もし人類が今、自らの過去に学び、本来的な全人性を取り戻すことができれば、人類は再び地球と共生し、目前に迫った危機を乗り越えることができるでしょう。われわれが直面している危機は、人類文明の危機です。これを乗り越えるべく、われわれが目指す「知の社会の構築」とは「知」(Scientia)ではなく「智」(Sapientia)の再発見、すなわちソクラテスが体得し、プラントがアカデメイアで説いた「Sophia」に結ぶものであるのです。

服部英二『未来を創る地球倫理―いのちの輝き・こころの世紀へ―』モラロジー研究所、2013年、p.191)

 しかし、当時と科学革命以降の現在では「真理」観、「学問」観、「学術」観は変化している。そうすると現在の「真理」観を基礎に「全体知」を再生させる必要がある。

(2)ヨーロッパ中世回帰型

 当時の大学の基礎学問は、「自由七科」から構成された「哲学」だった。恐らくオルテガの「大学」論や「教養教育」論もこのタイプに位置付けられる。しかし、それも現在の「真理」観とは異なる可能性がある。そうすると現在の「真理」観を前提に基礎学問を再構成する必要がある。

(3)現代的再構成型

 基礎学問の現代的な再構成の試みは存在した。その一つの事例として、ヨーロッパの哲学の教員によって研究指導された公共哲学の山脇直司の試みを挙げることが出来る。

 例えば、

 ①山脇直司『新社会哲学宣言』創文社、1999年。

 ②山脇直司「トランスディシプリンとしての哲学の復権ー分断化された社会科学の架橋のためにー」、『思想』第1022号、2009年6月等。

 山脇の試みは重要である。しかし、その試み次の点で失敗した可能性がある。

 ①個別科学の成果の対応関係や相関関係を解明に止まり、個別科学を基礎付ける「全体知」ではないこと。

 ②学術論文の「型(フォーマット)」の不在・・・情報収集の成果の説明に止まっている。

 ③山脇の公共哲学は、「全体知」でも個別科学でもないこと。

4. おわりに

 現在の日本の科学は、個別科学としても成立が困難化している。個別科学を前提にするとそれを成立させた上で、それらを基礎付ける「全体知」が必要になる。しかし、現状では日本では「全体知」の試みは必ずしも成功していない。個別科学によっては「全体知」以前の状況にある。

 「全体知」を再生させる場合、現在の個別科学を構成する自然科学と社会科学と人文科学のそれぞれ異なる「真理」観を前提にしつつ、それらを超越するメタ「真理」観を構想する必要がある。その場合、人権を中心価値とする「持続可能性」も考慮する必要がある。

 恐らく「全体知」の再生には、古代ギリシャ哲学が重視した「対話」が重要になる。そうすると自然科学、社会科学、人文科学の異なる「真理」観を比較して、「対話」を通して統合してメタ「真理」観を提示する必要があるが、その検討は今後の課題とする。

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