国際人権へのバチカンのコミットの日本への影響ー日本カトリック司教団の場合ー

1.はじめに

 1948年、国連は世界人権宣言を採択した。1993年、国連は世界人権会議を開催して、「ウィーン宣言及び行動計画」を採択して、人権の普遍性、相互不可分性、相互依存性、相互関連性を(再)確認した。その後、国連は人権政策を展開し、1994年、国連人権高等弁務官を設立した。その後、国連は人権教育政策を重視した。日本政府、特に外務省も積極的にコミットした。その後、日本政府は内政でも応答して人権教育政策を展開した。

 他方、1960年代、バチカンは「現代化」を目指し、国際人権にコミットした。現在も人権にコミットしている。

1.はじめに  1948年、国連は世界人権宣言を採択した。その後、国連は国際人権条約を発展させた。  米ソ冷戦後の1993年、...

 バチカンの「現代化」以後の国際人権への日本のカトリックの応答を、日本カトリック司教団を中心に確認する。

2.国際人権へのバチカンのコミットの日本カトリック司教団への影響

 『キリスト教史』の著者によれば、1960年代の第二バチカン公会議でバチカンが目指した精神的「現代化」に日本のカトリックは「失敗」した。

 公会議によって決定された諸分野に応じて日本司教協議会内にも新たに次の司教委員会が設置された。一九六四年の典礼をはじめ教理、広報、教会一致運動の各司教委員会が一九六六年に設置され、さらに諸宗教、無宗教連絡室も設けられた。従来の信徒使徒職部も一九六六司教委員会となった。

 典礼委員会は、長江恵司教委員会長の指導のもとにミサ式文の邦訳、朗読用聖書の邦訳、教会の祈り作成を行い、対面ミサのできるようにいちはやく祭壇の改革も始めた。また、各教区には新たに司祭評議会、司牧評議会、信徒使徒職評議会も設置された。このように目に見える一大変化が日本の教会に見られるようになったが、その改善ないし改革、あるいは新たな機関の設置の理由および目的の啓蒙とその育成は不十分であったといえよう。なぜ改革されなければならないのかということが十分に司牧者自身にも納得されないまま現実に変化する実践に移ったため、その内容の真の理解には相当の時間を要し、また信徒のあいだでの混乱も大きかった。一度試験的に試みられた事柄は、ほとんど改善する余地のないほどに習慣となってしまう。この説明の不十分さは、現在にまでその余韻を残している。

ヨセフ・ハヤール他[上智大学中世思想研究所翻訳/監修]『キリスト教史』第11巻(現代に生きる教会)平凡ライブラリー、1997年、420~421。

 著者によれば、「失敗」の主な原因は三点あった。

 ①「理由および目的の啓蒙とその育成は不十分であった」こと。

 ②「真の理解には相当の時間を要し」たこと。

 ③「一度試験的に試みられた事柄」の「習慣」化。

 著者は、当時の精神的「現代化」の「失敗」の「余韻」は「現在」まで続くと指摘した。

 1980年代以降、「現代化」のためにNICEが二度開催された。1988年、日本カトリック司教団も『ともに喜びをもって生きよう―第1回福音宣教推進全国会議にこたえて―』を出した。

https://www.cbcj.catholic.jp/publish/bsps-tomoyoro/

 しかし、同文書は「人権」には言及しなかった。1988年段階では司教団も人権を受容していなかったことが確認出来る。

 2001年、日本カトリック司教団は『いのちへのまなざし―二十一世紀への司教団メッセージ―』を公表した(日本カトリック司教団『いのちへのまなざし―二十一世紀への司教団メッセージ―』カトリック中央協議会、2001年)。しかし、同司教団は同文書では人権に言及しなかった。

 2017年、『いのちへのまなざし【増補新版】』を公表した。

 2001年版と2017年版を比較すると、後者には人権への言及が確認出来る。

 2017年版では、次のように「平和」の基礎としての国連の世界人権宣言の意義が漸く理解された。

 世界人権宣言は、第二次世界大戦が終結している間もない一九四八年十二月十日の、第三回国連総会で採択されました。大きな戦争の後の早い段階で、平和宣言や不戦宣言ではなく人権宣言が出されたことには、差別をなくし、すべての人の人権を確立することこそが平和につながるという基本精神がよく表れています。

日本カトリック司教団『いのちへのまなざし【増補新版】』カトリック中央協議会、2017年、p.146。

 2024年、日本カトリック司教団は『見よ、それはきわめてよかった―総合的なエコロジーへの招き―』を公表した。同司教団は同文書でも、教皇フランシスコの『ラウダート・シ』を参照しながら人権に再度言及した。

 『ラウダート・シ』を「社会教説」と位置づける(LS15参照)教皇は、人間の刷新という基本課題を取り上げ、人は皆かけがいのない一己(いっこ)の人格であるゆえにその基本的人権が保障されるべきであり、またそうした人権保障を可能にする共通善が追求されるべきであると訴えています。

日本カトリック司教団『見よ、それはきわめてよかった―総合的なエコロジーへの招き―』カトリック中央協議会、2024年、p.39。

3.おわりに

 1948年、国連は、「平和」の基礎として世界人権宣言を採択した。1963年、ヨハネ23世は「現代化」を目指し、同宣言にコミットした。しかし、日本のカトリックは精神的「現代化」に「失敗」した。人権、特に世界人権宣言の意義の「真の理解には相当の時間を要し」、2017年に漸く司教団は理解して、精神的に「現代化」した。同宣言の採択から69年、ヨハネス23世による『地上の平和』での同宣言へのコミットから54年の時間を要したことが確認出来る。

 そうすると2017年まで日本のカトリックは精神的に「現代化」せず、精神的には「現代」以前の状況で「現代日本」で生きて来たことになる。精神的には「現代日本」に全く適応しないで生きて来たということか? 事実の場合、それはどのようにして可能だったのか? 「現代日本」に適用した「日本国民」との間で、トラブル等は無かったのか?

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