1.はじめに
1948年、国連は世界人権宣言を採択した。その後、国連は国際人権条約を発展させた。
米ソ冷戦後の1993年、国連は世界人権会議で「ウィーン宣言及び行動計画」を採択し、人権の普遍性、相互不可分性、相互依存性、相互関連性を(再)確認した。国連は「人権教育のための国連の10年」の後、現在、「人権教育のための世界計画」に取り組んでいる。
日本政府、特に外務省は国連では積極的に人権外交を展開している。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/kyoiku/index.html
グローバル宗教も、国際人権にコミットしている場合もある。例えば、バチカンである。
では国際人権へのバチカンのコミットは、日本にどのように影響を与えたのか? 特に日本のカトリックの場合。
2.「人権教育のための国連の10年」(1995年~2004年)以降における日本政府の人権政策
1995年、閣議決定により、内閣総理大臣を本部長とする「人権教育のための国連10年推進本部」設置。
1996年、「人権擁護施策推進法」。
1997年、「「人権教育のための国連10年」に関する国内行動計画」。
同年、「人権擁護推進審議会」設置。
1999年、「人権擁護推進審議会答申」。
国民一人一人において、個々の人権課題に関して正しく理解し、物事を合理的に判断する心構えが十分に備わっているとは言えないことが、それぞれの課題で問題となっている差別や偏見につながっているという側面もある。
2000年、「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」。
2002年、「人権教育・啓発に関する基本計画(第一次)」。
2003年、文部科学省、「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」設立。
2008年、同調査研究会議、「人権教育の指導方法等の在り方について[第三次とりまとめ]」。
2020年、「「ビジネスと人権」に関する行動計画」。
2025年、「人権教育・啓発に関する基本計画(第二次)」。
2026年段階では、日本政府の人権政策には「限界」もある。
3.国際人権へのバチカンのコミットの日本のカトリックへの影響
1887年6月半ば~7月初め、ドイツの哲学者のフリードリッヒ・ニーチェは、『道徳の系譜ー一つの論駁書ー』を執筆し、次のようなユダヤ人とキリスト教徒を前提にして価値転倒を特徴とする「ルサンチマン(怨念)」説を主張した。
道徳における奴隷一揆は、ルサンチマン(怨念 Ressentiment)そのものが創造的となり、価値を生み出すようになったときにはじめて起こる。
フリードリッヒ・ニーチェ[信太正三訳]『ニーチェ全集Ⅱ 善悪の彼岸 道徳の系譜』ちくま学芸文庫、1993年、p.393。
この地上で<高貴な者>・<権勢家>・<支配者>・<権力者>に歯向かってなされたいかなることも、ユダヤ人がこれらの者に反抗してやらかしたことに比べれば、言うにもたりないものである。僧侶的民族であるあのユダヤ人は、おのれの敵対者や制圧者に仕返しするのに、結局はただこれらの者の諸価値を徹底的な価値転換によってのみ、すなわちもっとも精神的な復讐という一所業によってのみやらかすことを心得ていた。
同上書、p.388。
明治時代初期、「現代化」以前のカトリックは被差別部落で拡大した(森一弘企画監修『日本の教会の宣教の光と影ーキリシタン時代からの宣教の歴史を振り返るー』(真生会館シリーズ)サンパウロ、2003年)。森一弘東大司教区司教は、「現代化」推進派である。
長崎県のカトリックも被差別部落である(松本めぐみ「差別と被爆の歴史を受け継ぐこどもたちー長崎・浦上の被差別部落ー」、『部落解放』第364号、解放出版社、1993年10月)。
現在、浦上等は「世界遺産」に登録されている。
カトリックとプロテスタントを比較すると、カトリックは福祉を重視し、プロテスタントは教育を重視した。プロテスタント系大学としては、青山学院大学、立教大学、明治学院大学等がある。
明治時代にはカトリックは江戸時代のように「邪教」視されたが、大正時代には払拭されたという説がある。しかし、根拠は明確ではない。その一つの契機は明治時代後期の教育への進出による社会的接点の上層化にあるという説もある。しかし、これも根拠が明確ではない。
1946年、日本国憲法が公布、翌年施行され「基本的人権」が「公共の福祉」とのバランスの中で保障された。
1947年、「教育憲法」ともされた(旧)教育基本法が制定された。
教育基本法第3条(教育の機会均等)
すべての国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
https://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/about/a001.htm
バチカンの「現代化」以前の1959年、皇太子明仁親王(当時、現在の上皇)とカトリック系聖心女子大学卒の正田美智子(現在、上皇后)が成婚し、国民的な「ミッチー・ブーム」が発生した。この成婚により歴史的に形成された日本のカトリックに対する「邪教」イメージは部分的に払拭された可能性はある(部分的イメージ・チェンジ?)。
実際、カトリック系女子校への進学動機を拡大した可能性はある。管見では、2000年代でもそれを進学動機として挙げた卒業生(日本国民の女性)も存在した。しかし、その後も長崎県等の地方社会では「差別」が継続した場合もあった。
1960年代、バチカンは教会の「現代化」を目指した。その際、国際人権にもコミットした。
日本のカトリックも表面的な改革を推進した。しかし、『キリスト教史』の著者は、日本のカトリックの場合、基本的に精神的な「現代化」には「失敗」したと評価した。
公会議によって決定された諸分野に応じて日本司教協議会内にも新たに次の司教委員会が設置された。一九六四年の典礼をはじめ教理、広報、教会一致運動の各司教委員会が一九六六年に設置され、さらに諸宗教、無宗教連絡室も設けられた。従来の信徒使徒職部も一九六六司教委員会となった。 典礼委員会は、長江恵司教委員会長の指導のもとにミサ式文の邦訳、朗読用聖書の邦訳、教会の祈り作成を行い、対面ミサのできるようにいちはやく祭壇の改革も始めた。また、各教区には新たに司祭評議会、司牧評議会、信徒使徒職評議会も設置された。このように目に見える一大変化が日本の教会に見られるようになったが、その改善ないし改革、あるいは新たな機関の設置の理由および目的の啓蒙とその育成は不十分であったといえよう。なぜ改革されなければならないのかということが十分に司牧者自身にも納得されないまま現実に変化する実践に移ったため、その内容の真の理解には相当の時間を要し、また信徒のあいだでの混乱も大きかった。一度試験的に試みられた事柄は、ほとんど改善する余地のないほどに習慣となってしまう。この説明の不十分さは、現在にまでその余韻を残している。
ヨセフ・ハヤール他[上智大学中世思想研究所翻訳/監修]『キリスト教史』第11巻(現代に生きる教会)平凡ライブラリー、1997年、420~421。
大学紛争後の1972年、早稲田大学を拠点とした過激派(革マル派)によって、川口大三郎同大第一文学部2年生(当時、20才)が殺された(「内ゲバにみるマヒと退廃ー早大リンチ事件の陰惨な教訓ー」、『朝日ジャーナル』第14巻第49号、朝日新聞社、1972年11月24日)。
同事件を取材した早大卒のジャーナリストの桶田毅は、他者に要求した革マル派の「自己否定」を、土地等の様々な現実的制約もある日本という一国あるいは世界で共生や共存を可能にする「相互承認」が完全に成立しない「自己絶対化と他者全否定」と指摘している。
革マル派も中核派も、「革命的共産主義者同盟」(革共同)が分裂してできた組織で、分裂の理由は、闘争方針や組織論の違いだったとされているが、両組織とも、敵対者への批判は苛烈を極め、死者を出す「内ゲバ」も厭わなかった。(中略)革マル派は、日本共産党とその系列である民青(日本民主青年同盟)に対しても厳しく対処していた。(中略) 「自己批判」とは、自ら反省するというのが本来の意味だが、学生運動が盛んだった一九七〇年前後には、敵側に反省を強要する際に、自らの全存在を否定する屈辱を味わわせて戦意を喪失させる手段として用いられていた。
桶田毅『彼は早稲田で死んだ―大学構内リンチ殺人事件の永遠―』文春文庫、2024年、pp.30~31。初版は2021年。
陰湿で陰惨で凄惨な殺傷性を特徴とする日本の「新左翼(極左、過激派等)」とそれとは異なる欧米の「ニュー・レフト」との比較検討も必要である。全共闘も「新左翼」かは論争性があり得る。
また、「カルト」化した日本のカトリックと「新左翼」も比較検討して、共通点と相違点を解明する必要もある。
1974年、日教組から独立した日教組教育制度検討委員会の『報告書』は、「能力主義」教育の「人間性」・「教育」破壊効果に対し警告した。
能力主義こそは、今日の教育荒廃の元凶、教育諸悪の根源というべきである。一方で、この体制のもとでは、いわゆるハイ・タレントの「すぐれた能力」そのものをも、いびつなものに転化し、知的エリートの人間性破壊が同時に進行していることが指摘されなければならない。あまたの友人をおしのけて、登竜門を通過することに成功したエリートたちが、いかにゆたかな感情を欠き、官僚的で偏狭で非合理な冷たさを露呈するのかは、その実例に乏しくない。
日教組教育制度検討委員会+梅根悟編『日本の教育改革を求めて』勁草書房、1974年、pp.82~83。
恐らくこの延長線上に、ある程度合理的にオウム真理教事件(1995年)等の殺傷事件やテロリズム等も発生した。
また、『報告書』は「国民的課題」として「部落解放」を挙げた。
部落解放は国民的課題である。「近代」日本の身分差別の廃絶は、一片の「解放令」にとどまった。資本主義は被差別部落の人びとの産業をうばい、部落大衆を主要な生産関係から排除した。そのため、差別は、貧困と結合し、深刻になった。六〇〇〇部落、三〇〇万といわれる部落大衆は、就職・結婚・住居などの市民的権利と自由さえも実質上剥奪されてきた。
同上書、p.29。
1978年、広島県の被差別部落出身者で部落解放運動にコミットした山本政夫は、自伝『我が部落の歩み』を公表し自らの出生を説明した。
瀬戸内海の島つづき、広島湾内の江田島に隣接する能美島という島があります。私が生まれたのはこの島の大柿町柿浦という所です。(中略)私たちの部落は柿浦の南に位置し、現在戸数約三百八十戸、広島県福島町につぐ県内第二の大きな部落で、主な職業は漁業で、差別に苦しみ貧乏にあえいでいた事は、他の部落と同じでそれほど変わったものではありません。
山本政夫『我が部落の歩み』和光クラブ、1978年、p.1。
一説によれば、1970年代後半から1980年代後半、(自分で意識化した訳ではなく)日本の教会から「現代化」の視点から日本のカトリック系学校は批判され(良心の呵責ではなく他者に指摘されてはじめて)、教育使徒職の修道者等はアイデンティティの危機に陥った(退職、棄教等という選択肢もあった)。
(日本のカトリック系学校が――引用者による注)実際に「富める者のための学校」となっている以上、第2ヴァティカン公会議をとおして基本姿勢の転換を図った現代の教会の方針にそぐわない。なぜなら、この姿勢転換とは、福音を「時のしるし」のもとに読み直して、「貧しい人を優先させる」という方針に切り替えたものだから、と攻めたてられる。こうして、福音にもとづいて始められたはずの教育使徒職が福音の名において批判され非難されるという、悲しくゆゆしい事態に陥った。
高祖敏明「カトリック学校の役割の再発見―二一世紀に向けての魅力ある学校づくり―」、『カトリック教育研究』第12号、1995年、p.6。
1981年2月、教皇ヨハネス・パウルスは訪日し、長崎県も訪問した。『キリスト教史』の著者は、「差別」からの「解放」効果があったと評価している。
長崎訪問は、かつて、切支丹迫害に苦しみ、さらに近年まで差別されていた当地のカトリック信者にとって堂々となんの劣等感もなくキリスト者であることを誇りとして参加できた行事となり、本当の意味での迫害の終結となったといえよう。
ヨセフ・ハヤール、前掲『キリスト教史』、p.442。
1987年、第1回福音宣教推進全国会議(NICE1)の開催。
同年、イエズス会士の教育学者の高祖敏明(上智大学名誉教授)は、大学院の演習でフィリップ・アリエスの「教育」の社会史、特に子どもの権利条約(1989年)の前提としての「近代的子ども」観を取り上げた。しかし、高祖は『上智大学大学院履修要綱』で「アクチュアリティ(今なぜ)」を全く説明しなかった。
社会史・心性史的アプローチから西ヨーロッパの実際史を考察する。Ph.Ariesのいう子どもの「誕生」、子どもの「発見」を確認しながら、J.R.ギリス『<若者>の社会史』(新曜社、1985)を演習形式で講読する。
『上智大学大学院履修要綱』上智大学学事部、1987年、p.48。
「イエズス会士」の英語は“Jesuit”である。英語の“Jesuit”には、イエズス会士以外に「⦅陰険な⦆策謀家」、「詭弁家」という意味もある(『リーダーズ英和辞典(第3版)』研究社、2012年)。英語圏では“Jesuit”は評判が悪いことが確認出来る。
「イエズス会士」のフランス語は、“jésuite”である。“jésuite”の形容詞には「偽善的な」、「陰険な」、名詞には「猫かぶり」、「偽善者」という意味がある(『プチ・ロワイヤル仏和辞典(改訂新版)』旺文社、1996年)。フランス語圏でも評判が悪いことが確認出来る。
英語圏とフランス語圏の総人口は約36.35億人とされる。世界人口の約45%である。世界的に“Jesuit”/“jésuite”は、評判が悪い(以前悪かった)可能性がある。
1988年、日本カトリック司教団『ともに喜びをもって生きよう―第1回福音宣教推進全国会議にこたえて―』。しかし、同文書では「人権」というタームは使用されていない。
1993年、第2回福音宣教推進全国会議(NICE2)の開催。
同年、高祖は、2代の皇太子妃がカトリック系学校出身である点を「誇り」と知覚し、関係者も同様と知覚した。
皇太子妃が2代続けて、カトリック学校に学んだ女性から選ばれた。マスコミ報道によれば、そのためカトリック教育に世間が改めて注目しているという。母校に連なる直接の関係者でなくても、カトリック学校にゆかりのある人の中には、まるで自分のことのように誇りに思い、喜びを感じている人も少なくないであろう。
高祖敏明「カトリック女子教育のアイデンティティー―二重の混乱と最近の再構築の試みを中心に―」、『カトリック女子教育研究』第2号、カトリック女子教育研究所、1993年、p.1。
この知覚は基本的人権や教育基本法第3条と比較検討する必要もあるかも知れない。
同年、上智大学文学部教育学科の3年生の演習で、イエズス会士の日本国民の教員は、フィリップ・アリエスの「教育」の社会史を取り上げた。最初に学生に阿部謹也『自分のなかに歴史を読む』(筑摩書房、1988年)を読ませた。
粉挽きや道路清掃人だけでなく、のちに差別されることになる人びとは、中世中ごろまではみな、大宇宙を相手にして仕事をする異能力者として、畏怖される存在だったのです。
阿部謹也『自分のなかに歴史を読む』筑摩書房、1988年、p.118。
そのイエズス会士は、夏季休暇直前に目的、理由、文脈等を完全に説明せずに、沖縄県への「平和」学習のためのゼミ旅行を突然提案した。一人を除き、全ての学生が参加した。その際、大学院生も同行した。そのイエズス会士は沖縄県で基地問題や沖縄戦等を学生に唐突に考えさせようとした。その際、突然、カトリック系学校にも訪問させられた。そのイエズス会士は、夏季休暇後も「平和」学習の「アクチュアリティ(今なぜ?)」、「プライオリティ(優先順位)」の「アカウンタビリティ」も完全に果たさなかった。
後述するように、現在、京都大学は学生に対して、次のように「カルト団体の勧誘」への注意を喚起している。
①セミナーや合宿等に参加するようにしつこく勧めること。
②いったんこういった団体に入ると、時間と労力を浪費し、人間関係が崩壊し、大学を除籍となる等健全な学生生活を送ることがでなくなること。
イエズス会士の日本国民の行動は、「しつこく」以外は妥当性があり得る。
同大学は次のような対応策を推奨している。
①「何のために近づいてきたのか」目的が不明の場合、「注意してください」。
②「しつこく勧誘されてもきっぱりと断る勇気が大切です」。
③「勧誘時の団体名や活動説明と実際の団体名や活動実態が異なる団体は特に注意してください」。
④「おかしいと思ったら、すぐに友人や家族、大学に相談しましょう。社会情報がみな誤りであり、この団体の言うことだけが正しいなどと情報操作・情報規制をされたらすぐ逃げてください」。
日本国民のイエズス会士が「実践」した自称「教育」は、客観的には国際人権基準の「教育への権利」の「教育」と全く一致していなかった(国際人権基準の「教育」の不在)。
1990年代、東京教区生涯養成委員会内に第二バチカン公会議連続講演会チームが発足した。
1996(1994)年、来日したカナダのカトリックの政治哲学者であるチャールズ・テイラーは、「上昇移動=アイデンティティの危機」説を主張した。
他者の承認が得られる社会では、ひとびとはアイデンティティに満足していますが、まだ他者からの承認が得られていないような小さな飛地的社会では、ひとびとはとても傷つきやすくなっています。だからアウトサイダーにとって承認の問題はさし迫った問題です。特に社会的上昇を遂げたアウトサイダーが、自分たちをもとの歪んだ像にひきもどすような企てを承認しないということは実際にはあり得ることです。かれらにとってそのようなことは、極めて不安なことであり、社会的上昇によって獲得した力を失うことになるからです。
チャールズ・テイラー[岩崎稔+辻内鏡人訳]「多文化主義・承認・ヘーゲル」、『思想』第865号、岩波書店、1996年7月、p.9。
1996年、高祖は、当時のカトリック系学校改革を次のように評価した。
こうしてカトリック学校がそれぞれの置かれた場と状況のなかで、真に「福音の光を伝える」ものとなるべく、平和教育、開発教育、環境教育などの今日的課題をも視野に収めたアイデンティティの確立とその具体化に取り組んでいるのが現状である。
高祖敏明「カトリック学校」、『カトリック大事典』第Ⅰ巻、研究社、1996年。
「など」もあるが「人権教育」にウェイトが無いことが確認出来る。
しかし、次のように世界人権宣言の「教育への権利」の「教育」の場合、「人権教育」が不可欠な構成要素である。
Article 26
Education shall be directed to the full development of the human personality and to the strengthening of respect for human rights and fundamental freedoms. It shall promote understanding, tolerance and friendship among all nations, racial or religious groups, and shall further the activities of the United Nations for the maintenance of peace.
https://www.mofa.go.jp/policy/human/univers_dec.html
そうすると日本のカトリック系学校には、国際人権基準の「教育」が存在しなかった可能性が高い。傍証として、渡部昇一『不平等主義のすすめ―二十世紀の呪縛を超えて―』(PHP研究所、2001年)を挙げる。管見では、少なくとも主に1990年代の上智大学(院)に限定すれば、スペイン人のイエズス会士等一部の教育を「実践」したいたが、基本的には教員は「教育」ではない非「教育」を「実践」していた。
主な原因としては四点考えられる。
①1989年、米ソ冷戦は終結したが、日本の場合、米ソ冷戦体制から冷戦後体制への移行がスピーディに進行せず、長期間、移行プロセスにあったこと。場合によれば、現在も移行プロセスは完了せず途上であること。
②国際人権基準の「教育への権利」(1948年、1966年)の「教育」に関する基本情報が教員にもシェアされていないこと。
③1993に国連は世界人権会議で「西側の価値観」とされた人権の普遍性を確認したが、その基本情報もマスコミも含めてスピーディに国民にシェアされず、「人権教育のための国連の10年」にも日本政府は直ぐに応答したが、国民的には無知、無関心でいたこと。
④客観的には教員自身が、客観的には既にある程度形成された自分自身のアイデンティティを否定されたり修正したりする必要がある正当な理由があるが、プライドや見栄や意地や世間体等の事情によって適切に応答せず/出来ず、自らの「エゴイズム」を果てしなく貫徹しようとして、人権、特に国際人権への「抵抗勢力」になること(学生も含む)。
④の主な理由としては、(a)自分は「教育」を経験出来なかったという強いルサンチマンを持つため「教育」の「実践」に向かわず、エゴイズムを果てしなく貫徹しようとして抵抗すること、(b)人権、特に国際人権を基礎にした社会秩序の中では事情等によって生きられないので抵抗することが考えられる(実質的な所謂「二級国民」存在問題⇒樋口陽一説?)。
この点は、世界人権宣言にコミットしているICU等を除けば、他の日本の「学校」(学校教育法第1条)にも妥当する可能性もある。
https://www.icu.ac.jp/globalicu/pledge/
1997年6月29日、東京教区教会委員会総会で、白柳誠一枢機卿(当時)は、次のように第二バチカン公会議以降に歩む道を提示した。
皆さんに強調したいのは、まず、第二バチカン公会議の精神をモノにし、そのうえで、次の時代に入っていただきたい。公会議が目指した本質そのものをしっかり捉えないと、混乱を招くだけになります。公会議を理解し、自分のものにしていくことが必要です。
カトリック東京教区生涯養成委員会編『講演集 第二バチカン公会議と私たちの歩む道』サンパウロ、1998年。
1997年6月~同年11月、連続講演会の開催。同チームの南條俊二(小金井教会所属[当時])は、同講演会は「異例ともいえる盛況」だったと評価した(カトリック東京教区生涯養成委員会編『講演集 第二バチカン公会議と私たちの歩む道』サンパウロ、1998年、p.184)。
同講演会に参加したある小教区の信徒は、次のように1990年代でも「余韻」が高度に残存していることを証言した。
私たちの小教区には「ロザリオ、焼肉、バザー」のムードがあります。若い人も教会に来ますが、この三つを発展させていこうというムードしかない。私が公会議の文書などを持っていると変人扱いされてします。主任司祭と衝突すると、他の信者に「司祭とぶつかるのはよくない」とたしなめられる。
カトリック東京教区生涯養成委員会編『講演集 第二バチカン公会議と私たちの歩む道』サンパウロ、1998年、p.56。
1998年、ノン・クリスチャンだが世界的な経済学者でヨハネ・パウロ二世の極めて重要なブレーンだった宇沢弘文は、オウム真理教事件(1998年)後の「日本社会」を次のように認識/評価した。
日本の高等教育制度もまた多くの矛盾をはらみ、日本の将来を極端に暗い、陰鬱なものとしています。オウム真理教という宗教団体に入って、史上まれにみる残虐で、陰惨な犯罪行為に加担した若者たちの多くが、東京大学、京都大学、慶応義塾大学をはじめとして、かつては、この国の中心的な、主導的役割をはたしてきた大学の学生であるという事実ほど私たちの心を痛めるものはありません。
(中略)
日本社会のおかれている状況は、その深刻さ、及ぼす範囲の広さという点から、ヴェトナム戦争下のアメリカ社会に比較する術もありません。しかし、日本の経済・社会を構成する基本的なファイバーの中心がぼろぼろになって、倫理的規範が崩壊し、社会的靭帯が損壊しつつあるのではないかという危惧をもたざるを得ません。このことは、日本における学校教育制度の全般的危機となって現れています。
宇沢弘文『日本の教育を考える』岩波新書、1998年、pp.1~3。
冷戦終結直後の『新しい課題』(1991年)では、「市場経済」の否定ではなく公正化が提示された。恐らくこれは宇沢の提案である。それは現在、国連が取り組み初め、その後日本政府も政策化した「ビジネスと人権」にかなり先行している。
2001年、日本カトリック司教団『いのちへのまなざし―二十一世紀への司教団メッセージ―』。
同年、カトリックの英語学者の渡部昇一(上智大学名誉教授)は、俗論を基礎に「不平等主義」を主張した。
たとえば藤原紀香や松嶋奈々子は、「美しい」という理由によって何億円もの収入を稼いでいる。普通の女性、あるいは美しくない女性が、「こんな不平等なことがあっていいのか」と抗議したところで、これは仕方がない。もし「日本の女性をみんな平等にせよ」と唱えたとしても、日本の女性をすべて美女にすることは不可能である。しかし、日本の女性をすべて不美人にすることは、じつは簡単である。「女の子が生まれたら、三日以内に鼻に焼きゴテを当てるべし」という法律をつくればよいのである。これで日本中の女性はみんな平等に不美人になる。みんな美人にはできないが、みんな不美人にすることはできる。極端な例ではあるが、平等主義とはこういうものである。(中略)「平等」とは「一番悪いほうに合わせる」以外には実現し得ない。そのことを日本人ははっきりと認識すべきである。ほんとうに貧しい人に対しては当然、社会政策として最低限の救いがあってよい。ただし、その最低限は「飢えず、凍えず、雨露に当たらず、痛みをなくする程度の医療」であって、それ以上の面倒を国家が見る必要はない。「そこで諦める人はそのまま人生を送って下さい。しばらく羽を休めてから立ち上がって仕事に入る人はそれもよろしい」とするのが望ましい姿であろう。それ以上を与えれば、与えられた人間は必ず堕落する。本来平等ではあり得ないものを平等にしようというのは土台無茶な話なのである。
渡部昇一『不平等主義のすすめ―二十世紀の呪縛を超えて―』PHP研究所、2001年pp.45~47。
渡部は完全にヨハネ・パウロ二世の『新しい課題』を(恣意的・意図的・意識的に?)無視している。同書を出版した、パナソニックを創業した松下幸之助が設立したPHP研究所は、カトリック関係(者)の著作も多数出版する傾向がある。例えば、渡部和子のエッセー等。しかし、その場合、バチカンの「現代化」は正確には紹介しない。同社の「現代化」の無視も、企業の経営者の立場からの恣意的・意図的・意識的な情報操作なのか否かが問題になる。
同年前後、イエズス会系上智大学社会正義研究所所長を務めた、スペイン人のイエズス会士であるアンセルモ・マタイスは、筆者に(「現代化」し難い)「日本は伝統社会だ」と戦慄しながら主張した。マタイス等の主に外国人の神父の「現代化」推進派は上智大学内では孤立していた。当時在学した学生も同様だった。「日本国民」の神父とヨーロッパ人の神父の比較検討も必要である。
https://kotobank.jp/word/a.%E3%81%BE%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%99-1632896#goog_rewarded
2002年、日本を代表する憲法学者の樋口陽一は、日本では人権は十分に定着していないと認識した。
同年、(恐らく当時のイエズス会士、特に「日本国民」のイエズス会士自身も、アイデンティティの危機に陥っていたが)アメリカのイエズス会士ウィリアム・カーリー上智大学学長は、入学式で新入生に「自分のアイデンティティを確立せよ」と主張した(ウィリアム・カーリー「自分のアイデンティティを確立せよ」、『上智大学通信』第290号、上智大学総務部広報課、2003年4月15日)。カーリー学長(当時)も、“Jesuit”/“jésuite”だった可能性がある。
2015年、渡部はPHP研究所から『朝日新聞と私の40年戦争』を出版した。その後、渡部は「朝日新聞を糺す国民会議」を設立して議長に就任した。
2017年、同『いのちへのまなざし【増補新版】』。2001年版と2017年版を比較すると、後者には人権への言及が確認出来る。2017年版では、次のように「平和」の基礎としての国連の世界人権宣言の意義が正確に理解されている。
世界人権宣言は、第二次世界大戦が終結している間もない一九四八年十二月十日の、第三回国連総会で採択されました。大きな戦争の後の早い段階で、平和宣言や不戦宣言ではなく人権宣言が出されたことには、差別をなくし、すべての人の人権を確立することこそが平和につながるという基本精神がよく表れています。
日本カトリック司教団『いのちへのまなざし【増補新版】』カトリック中央協議会、2017年、p.146。
2018年、高祖は上智大学を退職した。その際、『上智大学教育学論集』第52号に「年譜・主要研究業績」と論文を掲載した(写真付)。しかし、その際、高祖は「年譜」で上智大学入学以前のプロフィールを公表しなかった。上智大学入学以前の出身地(広島県)や家族(仏教系)や出身中高校(広島学院)等のプロフィールは、後に朝日新聞社の記者に取材された記事で『朝日新聞』で公表した(「カミングアウト」?)。
広島県出身で家族は浄土真宗の安芸門徒。イエズス会設立の広島学院に進学し(中略)洗礼を受けた。聖職に生きると決めたのは20歳の時。(後略)
「(ひと)高祖敏明さん 「潜伏キリシタン図譜」を完成させた聖心女子大学長」、『朝日新聞』のネットの有料記事、2022年3月22日。
また、掲載した論文のタイトルは、「ミッション・ショーかシヴィル・アンバサダーかー天正遣欧節の歴史的位置を考えるー」だった。しかし、高祖は「アクチュアリティ」(今なぜ天正遣欧節か?)を全く説明しなかった。そうすると自らの「アイデンティティ」(エリック・エリクソン)の承認闘争の一環だった可能性もある。
同年、品田典子元日本カトリック学校連合会事務局長は、次のようにカトリック系学校における“CS”の存在を指摘した。
あるカトリック学校では、CS(Christian State)と呼ばれている集団が存在するのだという情報があり、心が痛みました。カトリック学校はノンクリスチャンの教職員の方々に支えられているにも拘らず、クリスチャンであることが特別視され、あたかも「管理者側の人間」として捉えられているのなら、とても残念なことです。
品田典子、「日本のカトリック教育にとって初体験の「新たなステージへの大転換期」に考える」、『福音と社会』第300・301合併号、カトリック社会問題研究所、1918年12月31日、p.28。
同年、カトリックの公共哲学者の山脇直司は、(恐らく創価学会系の)『東洋学術研究』で自らの出生について説明した。その際、自らの「人権」観へも言及した。
私が育った青森県の八戸市には、当時、出稼ぎに出なければならない中学生が沢山いました。また、りんごを売る時期になると、行商人がやってきて、安いりんごを買っていく様子も見かけました。私は、そのような人々が暮らす片田舎の東北とエリートが暮らす都会との間に、周縁と中央という不平等な構造があることを知り、中央から周縁に向けられた偏見も絶えず気になりながら育ちました。(中略)私にとって人権は、学問を横断するというよりも、むしろ学問以前のいわば社会生活の基盤です。第一に、幼い頃に目撃した不平等な社会環境です。(中略)私にとって人権は、このような格差や不平等の問題を正す社会権と結びつき、それが人権思想を考える原点になっています。(中略)第二に学生時代に吸収した神学、哲学によるものです。(中略)学生運動にもかかわっていました。ですから思想的には、マルクス主義的なものではなく、むしろ実存主義やカトリック左派の考えの影響を受けていました。
山脇直司+桐ケ谷章+石神豊「人権・公共哲学・宗教を語る」、『東洋学術研究』第57巻第2号、東洋哲学研究所、2018年、pp.10~11。
2024年、日本カトリック司教団は『見よ、それはきわめてよかった―総合的なエコロジーへの招き―』で、フランシスコ『ラウダート・シ』を参照して「共通善」としての人権を紹介した。
『ラウダート・シ』を「社会教説」と位置づける(LS15参照)教皇は、人間の刷新という基本課題を取り上げ、人は皆かけがいのない一己の人格であるゆえにその基本的人権が保障されるべきであり、またそうした人権保障を可能にする共通善が追求されるべきであると訴えています。
日本カトリック司教団『見よ、それはきわめてよかった―総合的なエコロジーへの招き―』カトリック中央協議会、2024年、p.39。
2024年の春の叙勲で高祖は「旭日重光章」を以下のような理由によって受章した。
今回の叙勲は、多年にわたり上智学院理事長として、また聖心女子大学学長、文部科学省中央教育審議会専門委員などの要職を歴任してリーダーシップを発揮し、私立学校の発展と振興に尽力したことが評価されたものです。
https://www.sophia.ac.jp/jpn/article/news/topics/240429/
2026年、公安調査庁は日本共産党を調査対象にしている。
共産党は,第5回全国協議会(昭和26年〈1951年〉)で採択した「51年綱領」と「われわれは武装の準備と行動を開始しなければならない」とする「軍事方針」に基づいて武装闘争の戦術を採用し,各地で殺人事件や騒擾(騒乱)事件などを引き起こしました(注1)。
その後,共産党は,武装闘争を唯一とする戦術を自己批判しましたが,革命の形態が平和的になるか非平和的になるかは敵の出方によるとする「いわゆる敵の出方論」を採用し,暴力革命の可能性を否定することなく(注2),現在に至っています。
こうしたことに鑑み,当庁は,共産党を破壊活動防止法に基づく調査対象団体としています。(注1) 共産党は,「(武装闘争は)党が分裂した時期の一方の側の行動であって,党の正規の方針として『暴力革命の方針』をとったことは一度もない」(3月24日付け「しんぶん赤旗」)などとしていますが,共産党自身が5全協を「ともかくも一本化された党の会議であった」と認めています(第7回党大会中央委員会報告,昭和33年)。
また,不破哲三前議長と上田耕一郎元副委員長の共著「マルクス主義と現代イデオロギー」 では,当時の武装闘争について,次のように述べています。 「たんに常識はずれの『一場の悪夢』としてすまされることのできない,一国の共産党が全組織をあげ,約2年間にわたって国民にさし示した責任のある歴史的行動であった」(注2) 共産党は,「『議会の多数を得て社会変革を進める』-これが日本共産党の一貫した方針であり,『暴力革命』など縁もゆかりもない」(3月24日付け「しんぶん赤旗」)などと主張していますが,同党が,日本社会党の「議会を通じての平和革命」路線を否定してきたことは,不破前議長の以下の論文でも明らかです。
https://www.moj.go.jp/psia/habouhou-kenkai.html
○ 「『暴力革命唯一論』者の議論は,民主主義を擁護する人民の力を無視した受動的な敗北主義の議論である。しかし,反対に『平和革命』の道を唯一のものとして絶対化する『平和革命必然論』もまた,米日支配層の反動的な攻撃にたいする労働者階級と人民の警戒心を失わせる日和見主義的『楽観主義』の議論であり,解放闘争の方法を誤まらせるものなのである」(不破哲三著「日本社会党の綱領的路線の問題点」)
2026年、イエズス会系上智大学(ソフィア・ユニバーシティ)は、「ソフィア」を次のように説明している。
叡智が世界をつなぐ
https://www.sophia.ac.jp/jpn/aboutsophia/sophia_spirit/sophia-idea/
Sophia – Bringing the World Together
同大学は、「何」(つまり同大学の生命線である「ソフィア」)によって“ Bringing the World Together”するのか全く説明していない。「ソフィア」の内容は、完全に不明である。
2026年、日本大学法学部は「人権相談オフィス」を設置し、「人権侵害」としての「アカデミック・ハラスメント」に法的に対応している。
同年、旧帝国大学である京都大学はホームぺージの「学生生活で注意してほしいこと」で、「政治セクト(過激派)」と「カルト団体」への注意を学生に喚起している。
政治セクト(過激派)、カルト団体などに注意
思想、信教の自由は憲法で保障されています。しかし、世の中にはそのことを逆手に取り、嘘や違法行為を勝手な解釈で正当化する反社会的な政治セクト(過激派)やカルト団体も存在します。
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/education-campus/campuslife/notice2#a8
政治セクト(過激派)による勧誘
不法行為も辞さない政治セクト(過激派)が、大学にも潜んでいます。彼らは、学習会系サークルや学生自治会の名を騙って勧誘することがあります。学習会への誘いや、クラス討論、さまざまな署名集めなどであなたに近づき、個人情報を集めたりすることもあります。彼らはかつて力ずくで反対意見を屈服させていた「過激派」の正体を今は隠し、学生運動や市民運動の体裁をとって「戦争反対」などを掲げ、若者の正義感に訴えてきます。しかし、反社会的な政治セクト(過激派)であるというその本質に今も変わりはありません。こういった輩に騙されないよう注意してください。
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/education-campus/campuslife/notice2#a8
カルト団体による勧誘
また、カルト団体による違法な勧誘、脅迫、献金強要等のトラブルも発生しています。その手口は、呼吸法、自己啓発セミナー、ボランティア、国際交流などのサークル活動への勧誘やアンケート調査などと言って声を掛け、世間話や趣味などの話題から親しくなり、住所や電話番号、SNSのアカウントといった個人情報を聞き出し、セミナーや合宿等に参加するようにしつこく勧めるというケースが多く見られます。
いったんこういった団体に入ってしまうと、その団体のさまざまな活動にかり出され、時間と労力を浪費し、人間関係が崩壊し、授業にも一切出られず大学を除籍となるなど健全な学生生活を送ることができなくなります。
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/education-campus/campuslife/notice2#a8
被害にあわないために
ひとりでいる時に声をかけられるケースが多発しています。トラブルに巻き込まれないためには、その人が何のために近づいてきたのかを確認してください。名前を言わなかったり、目的を言わなかったり、曖昧にぼかす時は注意してください。また、初対面の人には絶対に個人情報を教えないこと、安易にSNSでつながったりしてはいけません。しつこく勧誘されてもきっぱりと断る勇気が大切です。勧誘時の団体名や活動説明と実際の団体名や活動実態が異なる団体は特に注意してください。おかしいと思ったら、すぐに友人や家族、大学に相談しましょう。社会情報がみな誤りであり、この団体の言うことだけが正しいなどと情報操作・情報規制をされたらすぐ逃げてください。
なお、不審な勧誘を見かけたり、自分が勧誘を受けた時は、すぐに教育推進・学生支援部厚生課に相談してください。
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/education-campus/campuslife/notice2#a8
4.おわりに
バチカンは「現代化」した。しかし、バチカンは日本のカトリックの件は日本のカトリック中央評議会に委ねているので、バチカンも直接介入出来ない。
基本的に日本のカトリックは、精神的な「現代化」に「失敗」した。1997年段階では恐らく東京大司教区の小教区は完全に「現代化」以前だった。また、カトリック系学校には、国際人権基準の「教育」が存在しなかった可能性がある。
現在、日本でもカトリック司教団は、信徒を人権も含む「現代化」へオリエンテーションしている。しかし、その効果は不明である。2010年代、カトリック信徒の学校教育関係者の一人は、日本のカトリックは「信仰(宗教)」ではなく「生活習慣」であると指摘した。そうすると「信教/宗教の自由」ではなく「生活習慣の自由」になる。「生活習慣」は、社会学者のピエール・ブルデューが提示した「ハビトゥス(知覚・評価システム)」の問題である。
現在の「カルト」の辞書・事典的定義は、「人権と両立しない宗教」である。それは一つにはユネスコ基準の「文化的多様性」ではない宗教でもある。
https://www.mext.go.jp/unesco/009/1386517.htm
もし日本のカトリックが人権を含む「現代化」していない場合、主観的には兎も角客観的には「カルト」化している可能性もある。しかし、当事者が殆ど/全く意識化しない場合はあり得る。
恐らく主観的ではなく客観的な「カルト」状況の再生産の原因は、洗礼動機が「強者」への劣等感による「ルサンチマン(怨念)」(主観)にある可能性がある。「ルサンチマン」の場合、果てし無く価値転倒され、「客観的真理」(ユネスコ憲章)等のような客観的価値も転倒される。その場合、「理性を基礎にした『合理的判断能力』」(人権擁護推進審議会答申)を合理的に喪失する。その結果、果てしなく「逆さまの世界」を生き続ける。
これは理性を“development”させる国際人権基準の「教育」の問題である。その場合、理性が十分に“development”していない「子ども(未成年)」の洗礼は一つの大きな問題になる。不適切に「信教/宗教の自由」を行使するリスクがあるためである。場合によっては「取り返しのつかない問題」になり得る。当事者の周囲に存在する人間にも程度の差はあるが影響を与える。
洗礼動機が劣等感によるルサンチマンである場合、他者、特に「強者」を「怨念」の対象にするので、「ラブ」の「保守」の「正統」としてのバチカンのカトリック信仰への「発展(development=“SDGs”の“D”)」は困難である。その場合、「ラブ」を「保守」しながら「現代化」することも困難/不可能である可能性がある。そうすると国連の世界人権宣言第29条の「人権の相互尊重」も、困難化/不可能化する。そのタイプのカトリックは、「現代化」への強力な「抵抗勢力」を構成し得る。
https://www.mofa.go.jp/policy/human/univers_dec.html
学校関係者になる場合、事情は複雑化する。日本では「公教育」のカテゴリーに属す「学校」や生徒や学生を、自らの上昇移動(私利や私欲、エゴイズム[自己中心主義])の「手段」として利用(悪用?)し、国際人権基準の「教育」も遂行しなくなり得り、「学校」で非「教育」を再生産するが「良心」を基礎とする「罪の意識」を持たない可能性もある。
「正義」「平和」推進についても、「ルサンチマン」を基礎にした「正義」「平和」推進の場合、他者、「強者」への「怨念」を強化する傾向があるので、「ラブ」を基礎にした「正義」「平和」推進へ変換する必要があり得る。もし前者である場合、典型的な「欺瞞」、「怨念」の偽装、「虚偽意識」になり得る。「ラブ」は「正義」に先行する一つの前提条件である。「ラブ」を基礎にしない「正義」にはリスクずある。従って変換の前提は「ラブ」の存在である。もし存在しない場合、「ラブ」を自己育成/教育する必要がある。
「ラブ」が無い日本のカトリックは、洗礼動機がルサンチマンの場合、十分に存在し得る。しかし、その存在は必ずしも客観的に実証されていないと考えられる。そうするとそれも一つの検討課題になり得る。その際、「ラブ」がある日本のカトリックと比較検討する必要がある。比較すると特徴はより一層クリアになる。
バチカンに対応してカトリック司教団もオリエンテーションしているように、「カルト」化した日本のカトリックの脱「カルト」化の核心は、人権へのコミットである。もし洗礼動機が「ルサンチマン」である場合、一つの「解毒剤」としてニーチェの「ルサンチマン」の批判的継承である哲学者/人間学者のマックス・シェーラーの「ルサンチマン」論を読む必要があり得る。
もし日本のカトリック以外に、同じ状況に陥っている人間がいる場合、その人間も読む必要があり得る。特に当事者がその点で苦悩し解決策を暗中模索している場合、より一層必要であり得る。それは所謂「(人間)疎外」からの「解放」の一つの「正統なコース」でもあり得る。
恐らくそれは市場経済を基礎にし、国際基準で見れば人権の件で最も程度の高い課題を抱えるアジアに属す日本では、「環境」問題に偏向して受容されている国連のSDGsの“D”の“Development”を日本に正確に定位する必要があり得る。恐らくそれが日本で真のSDGsの課題を達成する「正統なコース」でもあり得る。換言すれば、“Development”の正確な「理解」無しに、日本でSDGsの課題を達成するのは難しいだろう。恐らくそのためには日本に存在する人間の「連帯」が重要であり得る。これは日本に存在する人間一人一人に問われている問題でもあり得る。この問題は国民的にシェアしたい。