1.はじめに
国連の世界人権宣言(1948年)の最も重要な起草者であるルネ・カサンに、フランスのカトリックのネオトミストであるジャック・マリタンが思想的に影響を与えていたとする学説がある。その日本の学説としては、スペインのカトリックの法哲学者であるホセ・ヨンパルトの影響を受けた国際人権法学者の小坂田裕子説がある。
ではそれは「客観的真理」(ユネスコ憲章)か?
2.小坂田裕子説の再検討
小坂田によれば、ホセ・ヨンパルトは人権の根底に「人間の尊厳」を位置付けた日本国憲法解釈を提案している。
ヨンパルト教授は、ボン基本法では、ナチス政権下でおこなわれた虐殺に対する反省から国家権力に対抗する「人間の尊厳」が問題とされ、「人格主義」を採用しているのに対して、日本の場合は、新憲法まで存続した「家」制度を否定的契機として「個人主義」をとっており、ボン基本法の人間の尊厳とは異なると述べられる。その上で、「今の日本では何でも個人主義の目で見てしまう」中で、「人間の尊厳」を人権の根底に位置づけた日本国憲法解釈を提案された。
小坂田裕子「国際人権法における人間の尊厳(一)ー世界人権宣言及び国際人権規約の起草過程を中心にー」、『中京法学』第46巻1・2号、2012年、pp.26~27。
小坂田説はヨンパルトの影響を受けている。
人間の尊厳概念の歴史的成立過程については、『人間の尊厳と国家の権力』成文堂、1990年、58ー63項参照。なお筆者は、大学院在学中にヨンパルト教授から人間の尊厳概念に関する講義を個人的にうける機会をいただいたことに感謝する。ただし、本稿の見解は、筆者独自のものであり、その責任は筆者にある。
同上書、p.49。
人間の尊厳概念に関するヨンパルトの講義内容は、明らかにされていない。 「本稿の見解は、筆者独自のものであり、その責任は筆者にある」とある。しかし、ヨンパルトの講義内容と小坂田説(本稿の見解)の差異は明らかではない。従って小坂田説が「筆者独自のもの」であるかは明らかではない。そうすると議論の余地があることになる。
人間の尊厳の平等が規定された世界人権宣言の第1条は、ルネ・カサン案による。小坂田は、「Cassinの人格尊厳理解は、個人主義的と評価されるKantよりも、むしろ社会との関係において人間を捉える人格主義的なMaritanの影響を受けていたことは明らかである」と指摘している(同上書、p.35)。
小坂田は、その根拠として以下の点を挙げている。
①「Cassinが草案作成時に参考にした文書の中には、1942年にMaritanが作成した人権宣言案が含まれていた」こと(同上書、p.35)。
②「Cassinは、1951年のハーグ・アカデミー講義において、戦間期に出版された注目するべき本として、Maritanの『人権と自然法』(1942年)をあげている」こと(同上書、同頁)。
③「1947年にユネスコが加盟国の知識人を対象におこなった人権の哲学的基礎についての調査にMaritanも参加しており、その集大成として出版された『人間の権利』(1949年)では、Maritanが序章と「人権の哲学について」の章を担当しており、当該調査の中心的役割を果たしていたこと」(同上書、同頁)。
直接的根拠は、以下のものである。
①ルネ・カサン案の参考文献としてマリタンの著作が挙げられていること。
②カサン自身がマリタンの思想的影響を受けていたと証言していること。
しかし、小坂田が挙げた三点の根拠は、直接的根拠ではなく間接的根拠である。そうするとこの段階では、カサン案がマリタンの思想的影響をうけたものであることは明らかではなく、議論の余地がある。
3.おわりに
小坂田説は、直接的根拠を基礎にしたものではない。従ってそれは「証明」ではなく一つの「解釈」であると評価出来る。
「客観的真理」は科学的に証明されたものである。そうすると現段階では小坂田説は「客観的真理」とは評価出来ない。従って同説は一つの解釈に止まっていると評価出来る。