1.はじめに
日本国憲法や国際人権法には、人権と他者の権利や公共的利益との調整を予定する仕組みがある。例えば、「移動の自由」である。
憲法第22条
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/dl-constitution.htm(2026年9月11日アクセス)
「移動の自由」は、「差別」からの人間の「解放」でもある。しかし同時に、それは「差別」そのものの移動でもあり得るので、人権の軽蔑や侵害を助長する場合もあるのか?
人権保障による人間の「解放」には両義性があるのか?
「移動の自由」が「差別」の移動であり「公共」にも反す場合、人権を合法的に制限する必要もあるのか?
2.地方社会から大都市への「移動の自由」の行使による「差別」の移動ー一つの仮説の提示ー
自生的秩序は、人権規定が適用されている場合とそれが実質的に適用されず「偏見」や「差別」や「人権侵害」等が内在する場合がある。後者の自生的秩序に適応した人間が「移動の自由」を行使して別の社会空間へ移動する場合、「差別」を再生産する認識・言説・行動様式等も移動する可能性がある。
その点について、例えば、地方社会から大都市(東京都)の大学へ「移動の自由」を行使して移動した政治学者の岡野八代は次のように証言している。
https://global-studies.doshisha.ac.jp/gs/faculty_members/list/okano/index.html(2024年10月9日アクセス)
わたしは、三重県の松阪市で生まれ育ちました。松阪牛で有名なわたしの故郷は、大学進学を機に離れてみてようやく、歴史的に作られた複雑な差別構造をもった市なのだと気づきました。それ以来、差別やアイデンティティの問題に関心を持ち、歴史的・理論的にこれらの問題を考えるために、哲学ではなく、政治思想を専門に選びました。内向的な思索ではなく、世界とのかかわりの中で、差別やアイデンティティの問題を考えたかったからです。
自生的秩序の内部には、人権規範と緊張関係にある「偏見」や「差別」や「人権侵害」等が形成される場合もある。
後者の自生的秩序に適応した人間が「移動の自由」を行使して別の社会空間へ移動する場合、人間と共に、生活習慣等の形で人間に身体化された「差別」を発生させる認識・言説・行動様式・社会関係等も移動する可能性がある。
厳密に言えば、それは「差別」そのものが物理的に移動するのではなく、「差別」を再生産する認識・言説・行動様式・社会関係等が人間の「移動の自由」を媒介として別の社会空間に移植されることを意味する。
そうすると「移動の自由」の拡大は、「差別」の移動の拡大でもある可能性がある。その場合、人格の相互尊重や人権の相互尊重は成立しない。
例えば、1930年生まれで山形県鶴岡市出身の渡部昇一は、大都市(東京都)の大学へ移動して、「表現の自由」を次のように行使した。
たとえば藤原紀香や松嶋奈々子は、「美しい」という理由によって何億円もの収入を稼いでいる。普通の女性、あるいは美しくない女性が、「こんな不平等なことがあっていいのか」と抗議したところで、これは仕方がない。もし「日本の女性をみんな平等にせよ」と唱えたとしても、日本の女性をすべて美女にすることは不可能である。しかし、日本の女性をすべて不美人にすることは、じつは簡単である。「女の子が生まれたら、三日以内に鼻に焼きゴテを当てるべし」という法律をつくればよいのである。これで日本中の女性はみんな平等に不美人になる。みんな美人にはできないが、みんな不美人にすることはできる。極端な例ではあるが、平等主義とはこういうものである。(中略)「平等」とは「一番悪いほうに合わせる」以外には実現し得ない。そのことを日本人ははっきりと認識すべきである。ほんとうに貧しい人に対しては当然、社会政策として最低限の救いがあってよい。ただし、その最低限は「飢えず、凍えず、雨露に当たらず、痛みをなくする程度の医療」であって、それ以上の面倒を国家が見る必要はない。「そこで諦める人はそのまま人生を送って下さい。しばらく羽を休めてから立ち上がって仕事に入る人はそれもよろしい」とするのが望ましい姿であろう。それ以上を与えれば、与えられた人間は必ず堕落する。本来平等ではあり得ないものを平等にしようというのは土台無茶な話なのである。
渡部昇一『不平等主義のすすめ―二十世紀の呪縛を超えて―』PHP研究所、2001年pp.45~47。
以上の渡部の「表現の自由」の行使の内容が「女性差別」に妥当する場合、人間の移動を通してその「表現」を生み出す認識・言説等も移動する可能性がある。
もし渡部が、女性差別的な要素を含む山形県鶴岡市の自生的秩序に適応して、大都市へ移動した後にもそれが生活習慣として存続していたためにそれが「表現の自由」の内容にも反映されているという仮説が成立する場合、「移動の自由」は「差別」の移動でもあることになる。しかし、それは仮説に止まる。
3.事実認識の表現の複数性のサンプル
「移動の自由」の拡大は「差別」の移動の拡大でもある場合がある。「差別」の移動の拡大は、人格の相互尊重や人権の相互尊重や「公共」の不成立の拡大でもある。
その事実認識の表現には複数性がある場合もある。そうすると類似した「差別」や人権問題と関連する社会的事実を認識しても、思想的な立場の差異等によって「不幸」「人間疎外」「倫理的規範の崩壊」など異なる概念で表現される可能性もある。
(1)「戦後教育学のリーダー」堀尾輝久の場合ー1989年と1997年の段階ー
1989年段階では、マルクスの思想的影響を受けた堀尾は、「能力主義」教育と関連付けて「不幸」等と表現した。
ヨーロッパにおいても一八七〇年代から今日まで、能力主義の原理がしだいに社会構成原理としてその比重をましてきています。能力主義の先輩国はアメリカですが、そこでは早くから学校制度は一元的に組織され、社会的流動性が高く、そのことがまた、能力主義が実現しているかどうかの一つの判定基準にもなっています。ソーシャル・モビリティーが高いということそれ自体は、社会の活気の現われとして積極的に評価されるべきですが、現代の問題(「能力による社会的選別と差別を容認する原理に転化するという問題」――引用者による注)は、実はその先にあると考えなければならないのです。
堀尾輝久『教育入門』岩波新書、1989年、p.49。
友人を蹴落としてすすむ競争体制のなかで、他人の喜びや悩みに共感する能力、あるいはやさしさや思いやりに欠けた人格になっている場合が多いのです。できない子だけが不幸になるのではなく、できる子もまた不幸な状況になっているのです。
同上書、p.88。
1997年段階になると堀尾は、「能力主義」的に「制度化された教育」を「グロテスクなもの」と再表現した(堀尾輝久『現代社会と教育』岩波書店、1997年、第2章)。
(2)ヨハネ・パウロ二世の場合ー『新しい課題』(1991年)ー
マルクス主義に反対したヨハネ・パウロ二世は「人間疎外」と表現した。
マルクス主義の解決策は失敗に終わりましたが、周縁化(marginalization)と搾取の現実は世界に、特に第三世界に残っており、同様に人間疎外の現実もとくに先進国において残っています。このような現象に対して教会は強く抗議しています。
教皇ヨハネ・パウロ二世回勅『新しい課題―教会と社会の百年をふりかえって―』カトリック中央評議会、1991年、p.88。
(3)世界的な経済学者の宇沢弘文の場合ー1998年段階ー
宇沢はヨハネ・パウロ二世のアドバイザーでもあったが、「人間疎外」ではなく「倫理的規範」の「崩壊」、「社会的靭帯」の「損壊」と表現した。
日本社会のおかれている状況は、その深刻さ、及ぼす範囲の広さという点から、ヴェトナム戦争下のアメリカ社会に比較する術もありません。しかし、日本の経済・社会を構成する基本的なファイバーの中心がぼろぼろになって、倫理的規範が崩壊し、社会的靭帯が損壊しつつあるのではないかという危惧をもたざるを得ません。このことは、日本における学校教育制度の全般的危機となって現れています。
宇沢弘文『日本の教育を考える』岩波新書、1998年、pp.2~3。
4.おわりに
「移動の自由」の拡大は、「社会的流動性(ソーシャル・モビリティー)」の拡大でもある。しかし、それは自生的秩序の中にある「差別」の移動の拡大でもある可能性がある。
本稿は「移動の自由」を主に地方社会から大都市への移動に焦点を当てた。しかし、「「差別」がある自生的秩序=地方社会」とは断定出来ない。大都市内にも「差別」がある自生的秩序があることが事実として確認される場合、その断定は成立しない。
その場合、「差別」問題は、地方社会に限定されないことになる。事実の場合、「差別」問題は地方社会の自生的秩序問題に解消出来ず、大都市の自生的秩序の中にも存在することになる。
では「差別」は社会空間的にどのように再生産されるのか? その場合、人権の行使はどのような条件で合法的に制限出来るのか?