1.はじめに
1948年、国連は世界人権宣言を採択した。米ソ冷戦後の1993年、国連は世界人権会議で人権の普遍性、相互不可分性、相互依存性、相互関連性を(再)確認した。その後、国連は人権政策を展開した。
日本政府も国連の動向に応答して人権教育政策を展開した。しかし、日本の場合、ヨーロッパ等は既にクリアしている人権制度自体の不完全性の問題がある。
また、日本の人権教育政策の展開には、「日本的調整」とも評価出来ない特殊日本的「限界」もある。
1960年代、バチカンは第二バチカン公会議を開催して「現代化」し、世界人権宣言の人権にコミットした。
https://www.satoshi-kaneko.com/justice/8848/
他方、日本のカトリックは精神的「現代化」に「失敗」した。日本カトリック司教団が世界人権宣言の意義を理解したのも、国連が「人権教育のための世界計画」を推進していた2017年だった。相当な時間差があった。
では教区の信徒の精神的「現代化」の現実とは? 信徒の国際人権へのコミットの現実とは?
2.教区の信徒の精神的「現代化」の現実とは?ー東京大司教区の場合ー
1980年代以降、「現代化」のためにNICEが二度開催された。
冷戦終結以前の1987年に第1回福音宣教推進全国会議(NICE1)が開催された。
国連の世界人権会議が開催された1993年、第2回福音宣教推進全国会議(NICE2)が開催された。
「人権教育のための国連の10年」期に対応する1997年6月~同年11月、東京大司教区では第二バチカン公会議の連続講演会が開催された。
1997年、東京教区教会委員会総会で白柳誠一枢機卿(当時)は、次のように「第二バチカン公会議以降に歩む道」を信徒に提示した。
皆さんに強調したいのは、まず、第二バチカン公会議の精神をモノにし、そのうえで、次の時代に入っていただきたい。公会議が目指した本質そのものをしっかり捉えないと、混乱を招くだけになります。公会議を理解し、自分のものにしていくことが必要です。
カトリック東京教区生涯養成委員会編『講演集 第二バチカン公会議と私たちの歩む道』サンパウロ、1998年。
第二バチカン公会議連続講演会チームの南條俊二(小金井教会所属[当時])は、同講演会は「異例ともいえる盛況」だったと評価した( 同上書、p.184)。
しかし、同講演会に参加したある小教区の信徒は、次のように当時でも精神的「現代化」の「失敗」の「余韻」が高度に残存していることを証言した。
私たちの小教区には「ロザリオ、焼肉、バザー」のムードがあります。若い人も教会に来ますが、この三つを発展させていこうというムードしかない。私が公会議の文書などを持っていると変人扱いされてします。主任司祭と衝突すると、他の信者に「司祭とぶつかるのはよくない」とたしなめられる。
同上書、p.56。
3.教区の信徒のサンプルー英語学者の渡部昇一の場合ー
1995年、国連は「人権教育のための国連の10年」をスタートした。2001年、ユネスコは総会で「文化的多様性に関する世界宣言」を採択した。しかし、ユネスコは「文化的多様性」を人権と両立可能なものに限定して、人権と両立不可能な「差異(違い)」は「文化的多様性」として承認しなかった。
https://www.mext.go.jp/unesco/009/1386517.htm
2001年、「日本国民」のカトリックの渡部昇一は、「不平等主義」を主張した。渡部は上智大学名誉教授で在職中は東京都にいたが、当時の所属小教区と当時の主任司祭は不明である。
たとえば藤原紀香や松嶋奈々子は、「美しい」という理由によって何億円もの収入を稼いでいる。普通の女性、あるいは美しくない女性が、「こんな不平等なことがあっていいのか」と抗議したところで、これは仕方がない。もし「日本の女性をみんな平等にせよ」と唱えたとしても、日本の女性をすべて美女にすることは不可能である。しかし、日本の女性をすべて不美人にすることは、じつは簡単である。「女の子が生まれたら、三日以内に鼻に焼きゴテを当てるべし」という法律をつくればよいのである。これで日本中の女性はみんな平等に不美人になる。みんな美人にはできないが、みんな不美人にすることはできる。極端な例ではあるが、平等主義とはこういうものである。(中略)「平等」とは「一番悪いほうに合わせる」以外には実現し得ない。そのことを日本人ははっきりと認識すべきである。ほんとうに貧しい人に対しては当然、社会政策として最低限の救いがあってよい。ただし、その最低限は「飢えず、凍えず、雨露に当たらず、痛みをなくする程度の医療」であって、それ以上の面倒を国家が見る必要はない。「そこで諦める人はそのまま人生を送って下さい。しばらく羽を休めてから立ち上がって仕事に入る人はそれもよろしい」とするのが望ましい姿であろう。それ以上を与えれば、与えられた人間は必ず堕落する。本来平等ではあり得ないものを平等にしようというのは土台無茶な話なのである。
渡部昇一『不平等主義のすすめ―二十世紀の呪縛を超えて―』PHP研究所、2001年pp.45~47。
4.おわりに
1993年の国連の世界人権会議後=NICE2後の1997年でも、東京大司教区の小教区では全く精神的に「現代化」していなかったことが確認出来た。しかし、当時は日本カトリック司教団も、国連の世界人権宣言へは公式にコミットしていなかった時期である。そういう意味では当時の日本のカトリックの全体像を代表している可能性がある。それは信徒のサンプルの「不平等主義」の内容とも整合的である。
1997年段階に白柳枢機卿は精神的「現代化」に向けて、教区の信徒をオリエンテーションしようとした。精神的「現代化」の点では、白柳枢機卿は同司教団より先行した可能性もある。
日本の教区の全体像の精神的「現代化」の現実を明らかにするためには、東京大司教区の小教区と地方社会の大司教区の小教区を比較検討する必要がある。
恐らく多くの「日本国民」のカトリックの精神的「現代化」の「失敗」は、多くの「日本国民」のカトリックのローカリゼーションの問題でもある。カトリックの本質を喪失するレベルや次元でローカリゼーションする場合、カトリックと評価出来るのかという問題でもある。
実際、バチカンも「異端審問」により、歴史的にはカトリックの「正統」と「異端」を区別して来た。しかし、現在はバチカンは異端審問をしていない。
しかし、「現代」化の「失敗」の点では、「日本国民」のカトリックは、「現代世界」や「現代日本」に適応しない種類の「日本国民」を代表しているとも評価出来る。それが事実の場合、カトリックという特定の宗教の問題でもなくなる。