国連の世界人権会議(1993年)への人間の「アイデンティティ」の破壊の位置ー人権の無視、軽視、否定、破壊か?ー

1.はじめに

 国連の世界人権会議(1993年)における人権の普遍性の確認に対しするへ人間の「アイデンティティ」の破壊の位置とは? 人権の無視、軽視、否定、破壊か?

2.「アイデンティティ」とは?

 「アイデンティティ」は、1960年代に発達心理学者のエリック・エリクソンが提示した概念である。しかし、その後その概念は他の学問界でも使用されるようになった。

 現在では一般用語としても定着し、研究者以外の「日本国民」も「アイデンティティ」という言葉を使用している。しかし、多くの場合、根拠を基礎にして定義にされないで使用されることが多い。

 「アイデンティティの人間学」を研究した教育学者の西平直も、その言葉の使用の「誤解と混乱」を指摘している(西平直『エリクソンの人間学』東京大学出版会、1993年、p.185~190)。

3.「アイデンティティ」の辞典的定義

 実は「アイデンティティ」概念を提示したエリクソンも、それを厳密に定義しなかった。エリクソンは『アイデンティティー青年と危機ー』(1968年)でも、「アイデンティティ」概念について「決定的な説明を与えるものではない」と述べている(エリック・H・エリクソン[中島由惠訳]『アイデンティティ―青年と危機―』新曜社、2017年、p.i)。

 そうするとその概念を提示したエリクソン自身が「アイデンティティ」を明確に定義していないことになる。恐らくそれがその「誤解」と「混乱」の究極的原因であると評価出来る。

 それを受け本稿では、以下の心理学辞書の「アイデンティティ」の定義を参照する。

 ‘エリクソン’(Erikson,E,H.1959)の心理社会的発達理論の用語で、正確にはエゴアイデンティティ(ego identity)である。自我同一性、同一性と訳されるが、単にアイデンティティなどともよばれる。エリクソンによれば、アイデンティティの間隔とは、内的な不変性と連続性を維持する各個人の能力(心理学的意味での個人の‘自我’)が、他者に対する‘自己’の意味の不変性と連続性とに合致する経験から生まれた自信であり、「自分は自分でありほかの誰でもない」という感覚と、「過去も今日も未来もずっと自分であり続ける自分」についての意識が、他者からも同じように認識されているという感覚をさす。つまり、アイデンティティとは、内省により自覚される‘自己意識’であり、他者との相互作用により自覚され、評価される社会的な自己をさす。

「アイデンティティ identity」、『有斐閣 現代心理学辞典』有斐閣、2021年。

アイデンティティ拡散 identity diffusio

 ‘アイデンティティ’確立と対をなす概念。‘エリクソン’(Erikson,E,H.1959)によると、‘青年期’は、急激な身体的成長と生殖器の成熟に伴い、それ以前の‘発達段階’ですでに理想人物に同一化させていた自己像を見直す必要に迫られるとされる。この時期に、「自分とは何か」について模索して試行錯誤するなかで、自分が何をしたいかを見失い(自己選択の回避、‘理想自己’)、だめな役割に同一化したり(否定的アイデンティティの選択)、希望をもてなくなって(‘時間的展望’の拡散)、行動や努力ができなくなっている状態を、アイデンティティ拡散とよんだ。

「アイデンティティ拡散 identity diffusion」、同上書。

4.社会空間上の人間の移動による「アイデンティティ」の混乱、危機、破壊

 人間は社会空間上を移動すると「アイデンティティ」が混乱したり、危機に陥ったり、破壊されたりする。

 その一つの証拠として、フェミニストの政治学者である岡野八代の証言を挙げる。

 わたしは、三重県の松阪市で生まれ育ちました。松阪牛で有名なわたしの故郷は、大学進学を機に離れてみてようやく、歴史的に作られた複雑な差別構造をもった市なのだと気づきました。それ以来、差別やアイデンティティの問題に関心をもち、歴史的・理論的にこれらの問題を考えるために、哲学ではなく、政治思想を専門に選びました。内向的な思索ではなく、世界とのかかわりの中で、差別やアイデンティティの問題を考えたかったからです。

https://www.satoshi-kaneko.com/justice/786/

 エリクソン自身は発達心理学的な「ライフサイクル」論の立場から特に「青年期」の「アイデンティティ拡散」を説明した。しかし、それは発達心理学以外の立場でも説明出来る。その一つは人間の社会空間上の移動である。

 「青年期」の特徴的な心理内容とし発達心理学的にも説明出来るのは、青年期は「進学」や「就職」等による社会空間上を人間が移動する時期やライフステージとも一致するためである。

 実際、「進学」の場合、社会空間上の大きな移動を経験した人間程、「アイデンティティ」の危機に陥りやすく、精神障害の発症リスクも高くなる。東大進学者を事例にそれを証明する。

 1988年4月5日、『東京大学新聞』で遠藤康夫東大保健センター長(内科)と山田和夫同大保健センター副長(精神科)との対談が掲載され、東大進学者の「準神経症問題」が指摘された。

 今問題になっているのは(中略)神経症というよりも準神経症、パラノイローゼといったものです。(中略)端的に言うと、それは受験勉強の時間が長すぎたからなんです。(中略)多分彼らの大学入学以前の自信の中核は勉強ができるという点にあったのでしょう。ところが東大ではそれが相対化されてしまって支えにならない。そして、その自信を喪失したところへ何かひき金があると、無気力に、つまりアパシー退却をしてしまう。(中略)孤立してしまうケースとしては地方の秀才が一番危ない。

「対談 憂鬱な東大生」、『東京大学新聞』第1578号、1988年4月5日。

5.「アイデンティティ」の危機や解体が人権へのスタンスに影響する可能性

 人権擁護推進審議会答申(1999年)は、「人権尊重の理念について必ずしも十分認識していない指導者」の存在を指摘した。

 ともすると知識を一方的に教えるにとどまっている,人権尊重の理念について必ずしも十分認識していない指導者が見られる,などの問題が指摘されている。また,人権教育を実施するに当たっては,外部の不当な介入を受けることなく,教育の中立性を確保することが引き続き重要な課題となっている。

https://www.satoshi-kaneko.com/justice/6247/

 その2年後の2001年に人権教育研究学会が創設された。創設の趣意書でも、歴史的な日本社会での人権への「政治的・宗教的な各種イデオロギーの影響」を指摘した。

 また,わが国の人権発展の歴史を顧みるとき,政治的・宗教的な各種イデオロギーの影響を少なからず蒙ってきたことは否定できない。こうした状況の中で,政治やイデオロギーにとらわれない,普遍的な人権教育研究を目指し,大学関係者,現場教戦員, NGO関係者などが相互交流を行ない,人権教
育全体を統合するような理論を構築し,人権教育に関する実証的・実践的研究を体系化することが緊急の課題とされている。

https://www.satoshi-kaneko.com/justice/4267/

 これが国民間の人権の「不正確な理解」、「誤認」、「誤解」の原因になった可能性がある。

 人権擁護推進審議会答申は、その主な原因として国民の「合理的判断能力」の欠如を挙げた。

 このように我が国には今なお様々な人権課題が存在するが,その要因としては,人々の中に見られる同質性・均一性を重視しがちな性向や非合理な因習的な意識,物の豊かさを追い求め心の豊かさを軽視する社会的風潮,社会における人間関係の希薄化の傾向等が挙げられる。国際化,情報化,高齢化,少子化等の社会の急激な変化なども人権問題を複雑化させる要因となっている。また,国民一人一人において,個々の人権課題に関して正しく理解し,物事を合理的に判断する心構えが十分に備わっているとは言えないことが,それぞれの課題で問題となっている差別や偏見につながっているという側面もある。

https://www.satoshi-kaneko.com/justice/6247/

6.①人権の「誤認」と「誤解」あるいは「無視」、「無関心」と②「アイデンティティ」の混乱、危機、破壊との関係

 日本の大学には、学生等による人権侵害もある。大学も学生に対して「注意喚起」をしている。 

 当時、革マル派にとって最大の拠点であった早稲田大学で、自治会を支配するのは絶対的なミッションであり、敵対する左翼系の政治セクトが学内で活動するのを阻止し、排除することに全力をあげていた。

 なかでも最大の敵が中核派だった。革マル派も中核派も、「革命的共産主義者同盟」(革共同)が分裂してできた組織で、分裂の理由は、闘争方針や組織論の違いだったとされているが、両組織とも、敵対者への批判は苛烈を極め、死者を出す「内ゲバ」も厭わなかった。(中略)革マル派は、日本共産党とその系列である民青(日本民主青年同盟)に対しても厳しく対処していた。

(中略)

 四月後半、私は(早稲田大学——引用者による注)文学部の中庭で、哲学科の助教授が、十数人の革マル派の学生たちに囲まれて追及を受けている場面に出くわした。その助教授は共産党員とみられていて、革マル派は手加減しなかった。二人の男が、助教授の両脇に立って腕をつかみ、肩を押し、頭を小突き、ネクタイを引っ張るなどしながら、ハンドマイクを耳元に押し付け、大音量で執拗に「自己批判」を要求していた。 「自己批判」とは、自ら反省するというのが本来の意味だが、学生運動が盛んだった一九七〇年前後には、敵側に反省を強要する際に、自らの全存在を否定する屈辱を味わわせて戦意を喪失させる手段として用いられていた。

桶田毅『彼は早稲田で死んだ―大学構内リンチ殺人事件の永遠―』文春文庫、2024年、pp.30~31。初版は2021年。
1.はじめに  冷戦終結後の1993年、国連は世界人権会議を開催し「ウィーン宣言及び行動計画」を採択し、人権の普遍性を確認した。国連...

7.①人権の「誤認」と「誤解」あるいは「無視」、「無関心」と②「アイデンティティ」の混乱、危機、破壊との関係の可能性

 公安調査庁関係者は同庁が調査対象化している人間像を、「人格」破壊(破綻)として捉えている。「人格」破壊(破綻)と「アイデンティティ」の破壊はある程度関係する。しかし、その関係は、①因果関係、②相関関係、③対応関係かは不明である。現段階では両者の関係を明確に説明出来ない。

 政治学者の岡野八代の場合、社会空間上の大きな移動でもある「進学」を契機に、「アイデンティティ」「差別」問題に考えるようになったと証言している。

 岡野の思想傾向は、「左翼」的である。具体的には岡野は、ハンナ・アレントやアイリス・マリオン・ヤングの政治理論を研究している。

 アレントはユダヤ人である。アレントは「ユダヤ人の解放」を求めた。アレントにとって「ユダヤ人の解放」とは、「ユダヤ人としてのアイデンティティの承認」であった。この点では、カナダの政治哲学者であるチャールズ・テイラーが主張した「アイデンティティ」の「承認」としての「承認の政治」と対応する。

 政治理論家のヤングは、テイラーの「承認の政治」と関係する「差異の政治」の正義論を主張する(川本隆史『現代倫理学の冒険—社会理論のネットワーキング—』創文社、1995年、pp.75~76)。ヤングは、アメリカのリベラル派政治哲学者のジョン・ロールズのような「財の(再)分配」よりも「抑圧と支配の除去」を重視する。ヤングは「抑圧」を、①「搾取」、②「アウトサイダー化」、③「力の剥奪」、④「帝国主義」、⑤「暴力」の視点から説明する。

 ヤングの正義論の日本への紹介者の一人である倫理学者の川本隆史は、彼女の「差異の政治」を「普遍性への志向を徹頭徹尾切り捨てようとするヤングの「正義の批判理論」には」「落し穴(コンテクスストの重視が頑な価値相対主義へと傾くこと)が潜んでいるようだと評価している(同上書、p.76)。

「普遍性」とは一つには「普遍的価値である人権」である。そうするとヤングは人権への志向性も切り捨てようとしたことになる。その立場は、日本の新左翼や全共闘と共通点がある。

 恐らくその後ヤングは正義論を展開した。その一つの到達水準を示す研究成果は、『正義への責任』(2011年)である。同書でヤングは「正義の主題」として「構造」を位置付けた(同書、第2章)。

 2014年、岡野は池田直子と同書を共訳して岩波書店から出版した。2022年、同訳書は『岩波現代文庫』として再販された。

 2024年、岡野は『ケアの倫理』(岩波新書)でヤングの『正義への責任』の「構造的不正義」論を紹介した。それは「自己責任」論の「社会的責任」、「政治的責任」論への展開である(同書、pp.271~274)。しかし、岡野もヤングと同様に普遍的価値としての人権には全く言及しない。

 以上により岡野もヤング同様に普遍的価値としての人権への志向性が無い可能性もある。しかし、検討した文献は限定的なので、岡野の全ての文献を調査して証明する必要がある。

8.おわりに

 本稿で言えることは、人権に対する人間の「アイデンティティ」の位置とは、それが危機に瀕し破壊されると、普遍的価値としての人権への志向性が無くなり、文脈依存的になり、場合によれば人権も否定する位置を占める可能性がある点である。

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